『異星人の郷』(上・下)

あらすじ

14世紀のある夏の夜、ドイツの小村を異変が襲った。突如として小屋が吹き飛び火事が起きた。探索に出た神父たちは森で異形の者たちと出会う。灰色の肌、鼻も耳もない顔、バッタを思わせる細長い体。かれらは悪魔か?だが怪我を負い、壊れた乗り物を修理するこの“クリンク人”たちと村人の間に、翻訳器を介した交流が生まれる。中世に人知れず果たされたファースト・コンタクト。

カバーより

あらすじ

現代のフィラデルフィアで、統計歴史学者のトムは、14世紀に忽然と消えた小村の謎を追っていた。同居する宇宙物理学者のシャロンは、光速変動理論を調べるうち、ひとつの宇宙論に到達した。二人の研究によって見出された真実とは。黒死病の影が忍び寄る中世の生活と、異なる文明をもつ者たちが相互に影響する日々を克明に描き、感動を呼ぶ重厚な傑作! ヒューゴー賞最終候補作。

カバーより

 ペストの脅威が迫り来る中世ドイツの上ホッホバルトを舞台に、ここに不時着した異星人とのファースト・コンタクトを描いたSF。


 これが思っていた以上に良質な作品だった。ファースト・コンタクトした中世の人びとは、良きキリスト教徒であろうと振る舞う。この真摯さと善良さに好感が持てる。こういうアプローチでのファースト・コンタクトはちょっと意外で目新しく、感動的でもあった。


 物語は、中世と現代とで交互に進められる。


 中世の主役となるディートリッヒ神父は柔軟性のある思いやり深い人物で、彼の行動がこの作品を素晴らしいものにしている。異星人達の異質な外見に最初は戸惑ったものの、彼らが道に迷って傷ついた旅人だということを理解し、食べ物を分け与え受け入れようとする。一方で、上ホッホバルトの領主マンフリートは領主として別の観点から彼らを受け入れる。人間と異星人との意思疎通にはさまざまな齟齬はあるものの、異星人達が次第に村人達に溶けこんでいく様子は読み応えがある。


 中世の鄙びた村の神父とはいえ、ディートリッヒ神父は教養があり、異星人からの科学的な説明も、それなりにきちんと理解しているようだ。とはいえ、キリスト教義に反する考え方には強い拒否反応を示す。異星人の科学水準は現代のものに近いので、ディートリッヒ神父と異星人との会話は、まるで中世の人と現代人との会話のようだ。ただ、異星人は他の惑星に行ける程文明が進んでいるのだから、もう少し進歩していても良かった気がする。 


 後書きによると、この中世のパートは年代が少し異なるなどの2カ所を除き、史実に基づいて描かれているそうだ。この緻密な描写がこの作品を説得力のある面白いものにしている。


 上ホッホバルトの暮らしぶりはほぼ一年に渡って描かれている。それは、たまには物騒なこともあるけれども、のどかな中世の村での日常生活だ。領主と領民との主従関係や、とはいえ慣習法に強く縛られているため領主といえども好き勝手できるものではないこと、結婚のしきたりや裁判の様子、刑の執行、兵役のあり方、祝祭日の慣習、果ては村人の浮気の実態にいたるまで、こと細かく描かれている。奇妙に思える風習もあるが、思っていたよりも公平で合理的だ。『バウドリーノ』や『薔薇の名前』など、宗教・聖杯・戦争などを題材とした中世の読み物は読んだことがあるけれども、村での日常生活をそのまま描いた物などはあまり読んだことがなかったので、興味深かった。


 現代のパートでは、二人の学者に焦点が当てられている。宇宙物理学者のシャロンはジャナパー空間*1の謎に取り組んでいて、彼女と同居している統計歴史学者のトムは、ドイツの小村アイフェルハイムが消えてしまった謎を解き明かそうとしていた。ペストが猛威を振るった後にこの村は悪魔の村として恐れられ、打ち捨てられてしまっていた。


 このアイフェルハイムが実は上ホッホバルトのこと。本来なら近隣の村などに引き継がれているはずなのに、どうして打ち捨てられてしまったのか。その理由を突き止めようと、トムは遺された文献を片っ端から当たってゆく。バラバラだった断片が一気につながり、謎が明らかになってゆくクライマックスは読み応えがあった。


 下巻後半には上ホッホバルトは深刻な状況になっていて、震災直後の重苦しいさなかに読むには辛いものがあった。ディートリッヒ神父のその後はあまり明確にはされていないが、白黒つけない終わり方も、それはそれで真実みが感じられて良かったように思う。また、村が消えてもその地で代々人びとの血筋が続いていることが感じられるラストも好印象だった。


 マイクル・フリンという著者名に聞き覚えがあると思ったら、『天使墜落』の著者の1人だった。SFおたく達が大活躍する内輪ネタっぽい『天使墜落』と比べると、本作はずいぶんきっちり書かれた真面目路線で、雰囲気がずいぶん異なっている。

*1:どんな空間かはさっぱりだったが、速度が異なるという点は面白かった