『時の地図』(上・下)
- 著者:フェリクス・J・パルマ
- 訳者:宮崎真紀
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150412289
- お気に入り度:★★★★★
クレアはタイムトラベルで会った未来の男と、奇妙な恋に落ちていった。やがて、謎の武器で胸に大きな穴を開けられた死体が発見される。犯人の調査を開始したウエルズは、現場の壁に、書き上げたばかりで誰も知らないはずの小説『透明人間』の冒頭が記されていることを知り、愕然とする。そして、さらなる殺人事件が起き、意外な犯人とウエルズ自身の想像を絶する秘密が明らかに! 愛と冒険と仕掛けに満ちた驚愕の小説。
カバーより19世紀末のイギリスを舞台に、『タイムマシン』の作者H・G・ウェルズをはじめ、切り裂きジャックやエレファントマンなど実在した人物達も多数登場している冒険エンターテイメント。
タイムトラベルを題材とした小説ではあるが、SFを期待して読むと少し物足りないかもしれない。とはいえ、SFファンとしてはウェルズへのオマージュとして読んでおきたい一冊だ。それに、ストーリーが面白いので単純に楽しんで読める。
第一部は、愛する女性を切り裂きジャックに殺されて悲嘆にくれるアンドリューを中心に展開する。失意のあまり自殺を考えたアンドリューだったが、ある提案を聞いて思いとどまった。その提案とは、タイムトラベルで彼女が殺される前の時間に遡り、切り裂きジャックを殺害して彼女を救うというもの。これを手助けするのが、『タイム・マシン』の作者ウェルズなのだ。SFファンにはたまらない設定だ。
続く第二部では、新進的な女性クレアと未来の勇者シャクルトン将軍との恋をめぐって展開する。上流階級では、マリー時間旅行社の企画した西暦2000年ツアーが話題を集めていた。タイムトラベルで約100年後の未来を訪れるという画期的なツアーだ。ツアーに参加したクレアは、西暦2000年のロンドンで勇者シャクルトン将軍と出会い、会話をしてしまった。時間を超えた二人の恋を手助けするのがこれまたウェルズだ。
第三部では、未来の武器で殺害された連続殺人事件にウェルズは巻き込まれる。現場に残されていたメッセージを見てウェルズは驚いた。というのも、それは誰も知らないはずの、自分が書き終えたばかりの未発表の作品の一節だったからだ。未来から来た人物に招待され、ウェルズは幽霊屋敷として名高い空き家を訪れた。
本筋も十分面白いのだけれど、枝葉のエピソードがこれまた面白い。西暦2000年ツアーを可能にした未開の地でのエピソードや、ギリアム・マリーとウェルズとの確執、ウェルズが強烈なインスパイアを受けたエレファントマンとの面会、アンドリューの父親が財を成したエピソードなど、無くても構わないように思えるエピソードがけっこう楽しめる。ウェルズの生涯も面白い。実在した人物をこんなにもユーモラスに描けるのはすごいと思う。ウェルズとはいえ、作家の日常なんて本来は地味な毎日だろうに、地味な部分でさえも面白おかしく描かれている。
また、伏線の張り方が巧く、色々な物事が思いもよらない所で繋がっていて楽しめる。伏線とは気がつかない所が後から伏線だったとわかるのだ。ストーリーも自由奔放に展開していて、続きがどうなるのか予想がつかない。作者が空想力を広げ、自分も読者も楽しませようとしている様子が伝わってくる作品だ。
さすがに『タイム・マシン』くらいは読んでおいたほうがより一層楽しめると思うけれども、SF未体験の人でも十分楽しめる娯楽小説だ。