『宇宙船ビーグル号』

あらすじ

食料になる生物が絶滅し、激しい飢えに苦しんでいた宇宙生物クァールは、興奮に身を震わせた。廃墟に着陸した巨大な宇宙船の中から、二足生物の群れが姿を現わしたのだ。餌だ! すぐにも襲いかかりたい衝動をかろうじて抑えたクァールは、その姿を廃墟の中に溶けこませると、宇宙船めがけてしのび寄っていった……大宇宙に潜む怖るべき異種の知性たちと、宇宙船ビーグル号に乗る探検隊との死闘を描く、宇宙SFの真髄!

カバーより

 オンラインゲーム「EverQuest2」の新しい拡張「Sentinel'sFate」には、ファイアストーカーというMobが登場する。外見は黒豹で、肩から触手が生え、その先端は鎌のようになっている。この外見はまるでクァールのようだ。クァールというと日本では『ダーティペア』に登場するムギが有名すぎて、『宇宙船ビーグル号』を思い浮かべる人の方は少ないようだ。しかしクァールの元ネタはこちらである。


 「Sentinel'sFate」には、「ヴィジラント号」という宇宙船内部のゾーンもある。もしかするとこのゾーンも、『宇宙船ビーグル号』をイメージして作られたゾーンなのかもしれないと、ふと思った。有名な作品ながらまだ読んだことがなかったので、ちゃんと読んでみたくなった。


 「スペース・ビーグル号」には、さまざまな分野の科学者と軍人とで構成された遠征探検隊が乗り組んでいる。宇宙空間を探検する彼らがさまざまな「宇宙生物」達と遭遇し、数々の危機を乗り越えるというのが本作の大まかなあらすじだ。元々はいくつかの短篇だったようだが、「情報総合学ネクシャリズム」を専攻する主人公グローヴナーを登場させて一括りにし、長篇化したようだ。


 一分野の知識を他の諸分野の知識に秩序正しく結びつける科学が、この「情報総合学ネクシャリズム」だ。この技術を学ぶと知識吸収の過程をスピード・アップすることができ、学んだものを効果的に活用することができるという。今となってはちょっとどうなのと思えるほど明らかに架空のこの分野は、この物語の中ではまだあまり知られていない新分野という位置づけとなっている。この遠征探検隊の中でグローヴナーはただ一人この方法を学んだ。そのため、次から次へと起こるこうした非常事態に彼はただ一人対処でき、毎度人知れず「スペース・ビーグル号」を救っている。そして次第に頭角を現してくる。


 ストーリーはそれなりに面白いのだが、さすがに原作が書かれてから半世紀以上が経った今読むと、架空の設定の部分の説得力が弱く、ちょっとつらい。とはいえ、このような主人公を登場させることでそれぞれの物語に繋がりを出すやり方はうまいと思うし、最初はたいした影響力もなかった主人公が難しい状況を人知れず解決し、次第に実力をつけて周囲に一目置かれる存在になって行く様子は面白い。それに、絶滅しかけた「宇宙生物」達の視点で書かれた文章も、孤独な焦燥感が漂っていて興味深い。


 また、他の作品に与えた影響の大きさも見逃せない。宇宙探検を続ける「スペース・ビーグル号」はまるで前人未到の地へ宇宙探検する『スタートレック』の「U.S.S.エンタープライズ号」のようだし、イクストルの登場する話はまるで映画『エイリアン』のようだ。もちろん、本作の方が先に発表されている。本作を読んでいなくても、その影響はすっかり浸透していて、知らず知らずのうちにその恩恵に浴していたようだ。もちろん、クァール、リィム、イクストルといった個性的な「宇宙生物」達の与えた影響も例外ではない。


 少し意外だったのは、この宇宙船の乗員が予想以上に多かったことだ。最初あまりにたくさんの人が殺されていたため、こんなに人数が減っても大丈夫なのだろうかと驚いていたのだ。どうやらこの宇宙船には1,000人くらいが乗り組んでいたようだ。大規模な移民船とかならともかく、調査目的の宇宙船にこれほど乗員がいるとは思っていなかった。多くの乗員が死亡しても探検を止めて地球に帰ろうとするわけでもなく、何となくのんびりした雰囲気がある。古き良きノスタルジー漂うSFといった感じがする。