『ヘリックスの孤児』

あらすじ

永住の地を求めて旅立ったヘリックスの民は、400年後にアウスターからの救難信号を受け取ったが……現代SFの頂点を極める〈ハイペリオン〉シリーズの後日譚を描いてローカス賞を受賞した表題作をはじめ、古典的人類の最期の日々を描く〈イリアム〉シリーズ前日譚「アヴの月、九日」、傑作異次元SF「ケリー・ダールを探して」など、邦訳初訳を含む5篇を収録し、当代随一のオールジャンル作家の魅力を凝縮した傑作集。

カバーより

 西暦2000年前後に書かれた、ダン・シモンズの中短篇集。作者の序文によると、ここに収録されている作品は“侘び”“寂び”の観念を包括するよう狙ったのだそうだ。序文以外にも、各作品の前には作者本人による前書が付いている。これがなかなか面白い。作品を書き上げた経緯やその時の考え、普段の生活、執筆活動以外の取り組みといったことなどがこの前書きからうかがえる。


 例えば、「ヘリックスの孤児」の前書きによると、作者は〈スター・トレック〉の〈ヴォイジャー〉のシリーズのためにシナリオを考えていたのだそうだ。私は〈ヴォイジャー〉のシリーズは結構好きだったのでほぼ観ているはずだが、著者が説明するようなシナリオは思い当たらなかった。それもそのはず、CGにコストがかかりすぎるのではという理由から、このシナリオはめでたくお蔵入りしたのだそうだ。そしてそのアイデアは、無事『ハイペリオン』シリーズの後日譚「ヘリックスの孤児」として、ここに収録されている。いやぁ、〈ヴォイジャー〉で採用されなくて本当に良かった(笑)。


 他にも、著者の住む近隣で毎年行われている〈リンカーン・ストリート水合戦〉の楽しそうな情景や、著者が教鞭をとっている作家養成講座の様子などが描かれていて、エッセイとしてもおおいに楽しめる。

「ケリー・ダールを探して」

 前書きによると、教えることへの愛、教わることへの愛、コロラド州高地への愛が描かれているそうだ。


 息子の死を乗り越えられない元教師のジェイクスと、彼のかつての教え子だったケリー・ダール。荒涼とした、現実ではない、二人だけしかいない不思議な世界で、お互いライフルで命を狙いあっているという不思議な作品。ケリーは自分を殺さない限り、この世界からは抜け出せないと言う。


 二人とも現実世界で傷ついていて、ジェイクスが彼女の教師だった頃の印象的な出来事や、その後彼の家庭が崩壊しアル中となっていく様子などが描かれている。二人の心情と、荒涼とした自然の描写が印象的。

「ヘリックスの孤児」

 〈ハイペリオン〉シリーズの後日譚。スペクトル・ヘリックスの民は、量子船で400年の旅を続けて来た。彼らの代表となる9人が宇宙船のAIに深層低温睡眠から目覚めさせられたのは、ある救難信号を探知したためだった。そこには赤色巨星と白色恒星の連星があり、白色恒星にはアウスターの軌道森林リングがあった。


 彼らアウスターは播種船でこの軌道森林リングに訪れた。しかし赤色巨星系から来た機械の船〈破壊者〉に播種船を喰いつくされてしまい、以来〈破壊者〉は57年に一度定期的にこの森林リングを訪れては、人口密集地を狙って貪りつくすのだという。船を失った彼らは赤色巨星系へ行けないので、代わりに行って調査し、できれば〈破壊者〉の息の根を止めて欲しいという。


 軌道森林リングに光翅を広げる、数十億もの巨大な蝶のようなアウスター達が美しい。


 このシリーズのファンとしては、この世界観のその後が垣間見えるだけでも嬉しい。あらためてこのシリーズが「多様性」を訴えていることを再確認した。シリーズ全体が長い小説なので忘れがちだが、まとめると〈ハイペリオン〉シリーズで訴えていることは、こんなシンプルな内容である。私がこのシリーズを好きなSF No.1のひとつとしているのは、これに共感しているからだ。


 ラストではしっかりファンサービスもある。ひっそりとシュライクが、また他にもシリーズに縁のある人物二人が登場している。

「アヴの月、九日」

 タイトルにも聞き覚えがあるし、ここに登場する「ヴォイニクス」や「ファックス」や「モイラ」に聞き覚えがあると思ったら、〈イリアム〉シリーズの前日譚となる作品だった。


 〈イリアム〉の内容がどんなだったかと、自分の書いた感想を読んでみて、南極に古典的人類の老婆がいたのを思い出した。これがどうやらこの短篇に登場するサヴィと同一人物のようだ。この短篇では彼女が若かった頃のことが描かれている。彼女がこんなところに住んでいた事情がわかった。


 前書きによると、この作品はシリヴァーバーグが編者を務めるアンソロジー『終点:3001年』のために書き起こされた。アンソロジーの条件は、「作中の時代を3001年前後に設定する」というもの。1000年経っても変わらないものは何かと考えた著者は、これはまちがいなく残っているだろうなと確信し、心底から気分が悪くなったという。それが「ユダヤ人の抹殺」だった。ということは、〈イリアム〉のシリーズもそういうテーマだったのかもしれない。ちょっと気がつかなかった。「古典的人類」とは、全員がユダヤ人だったようだ。〈イリアム〉シリーズをもう一度読み直した方が良いかもしれない。

「カナカレデスとK2に登る」

 3人の登山家が、カマキリ型の異星人とヒマラヤ山頂を目指して登頂する話。タイトルの「カナカレデス」というのはこのカマキリ型異星人の若者の名前である。


 何だか不思議な取り合わせだ。カナカレデスのことを除いては、ごく普通に登山の事細かな様子が描かれていて、 SFっぽくはない。でもこれがなかなか雰囲気が良くて、3人の登山家がカナカレデスと次第に親しくなっていく様子が面白い。カナカレデスによってもたらされた歌を私も聴いてみたいものだ。

「重力の終わり」

 TVドラマ用のシナリオとして書かれたもの。アメリカの作家ノーマン・ロスは、ロシアが計画している民間人相手の有料宇宙旅行について取材するために、ロシアを訪れる。ボランティアで通訳を引き受けてくれたヴァシリーサとの交流や、子供の頃の父との思い出、初恋の相手との思い出などを交えながら、しっとりとした作品となっている。