『ベガーズ・イン・スペイン』

あらすじ

21世紀初頭、遺伝子改変技術により睡眠を必要としない子供たちが生まれた。高い知性、美しい容姿を持つ無眠人は、やがて一般人のねたみを買い……「新人類」テーマの傑作と高く評価され、ヒューゴー賞、ネヴュラ賞、アシモフ誌読者賞、SFクロニクル読者賞を受賞し、〈プロバビリティ〉3部作のもととなった「密告者」など全7篇を収録。

カバーより
収録作品

「ベガーズ・イン・スペイン」「眠る犬」「戦争と芸術」「密告者」「思い出に祈りを」「ケイシーの帝国」「ダンシング・オン・エア」

 〈プロバビリティ〉3部作(感想はこちらこちら)が面白かったナンシー・クレスの短篇集。3部作の元となった中篇「密告者」も収録されていて、読み比べると面白い。密告者の殺した相手は、長篇では兄だったが中篇では妹になっていたり、人類と戦闘中で捕虜になったことがないフォーラーが、人間と一緒に独房に監禁されていたりと、異なる内容となっている。タブーを犯したために共有現実から閉め出されているというあたりは共通。長篇の方が、より具体的な説明が増え、SF風味が増している。


 「眠る犬」は『遙かなる地平 1 の殿堂 』(感想はこちら)にも収録されていた。これは表題作「ベガーズ・イン・スペイン」と並んで、遺伝子改変された無眠人が登場する作品。両作品は一部内容も重なっているため、単独で読むよりこうして併せて読む方が世界観がわかりやすい。


 賞を総嘗めしているだけあって、無眠人のシリーズは面白かった。無眠人とは、遺伝子を改変した新しいタイプの人類で、睡眠を必要としない。「ベガーズ・イン・スペイン」では、無眠人の姉とそうではない妹の二卵性双生児が登場する。どう考えても姉妹関係に葛藤がつきまとうだろうことが、生まれる前から予想される。父親から特別扱いされる天真爛漫で無頓着な無眠人の姉と、無眠人の姉を持つためイジメにあう、特別な存在には生まれつかなかった妹。嫌悪しながらも、それでも姉妹だという絆から生まれる思いやりなど、複雑な感情が描かれていて面白い。


 やがて無眠人の特性が研究で明らかになり、彼らはそうでない人々から羨望され、嫉妬の矢面に立たされる。無眠人には優秀な人材が多く、社会に様々な形で貢献している。けれども改変を受けていない人々の妬みの感情が強すぎて、バッシングが凄まじい。


 「眠る犬」は、無眠の処置を受けた犬をブリーダーしようと試みる家族の物語。しかし、犬達はしつけをしようとしても言うことを聞かない。当初の思惑が外れて、思いもよらない痛ましい事故で心に傷を負った次女は、無眠犬の開発者を探し出して復讐しようと試みる。そこに「ベガーズ・イン・スペイン」で描かれた社会状況がオーバーラップし、世界が変化してゆく状況が描かれている。


 「戦争と芸術」は、異星人が奪った地球の芸術品について調査する軍人の話。ここでも、将校の母の威圧感に悩まされる息子の葛藤が描かれている。なぜ異星人が芸術品を集めているかについて、推理小説のような趣がある。


 「ダンシング・オン・エア」は、『90年代SF傑作選(下)』(感想はこちら)に収録されていて既読だった。バレエ業界における遺伝子改変を扱った作品で、業界の遺伝子改変事情を取材しているライターが活躍する。彼女の娘はバレエに身を捧げようとしているが、身体を酷使する職業だけに、引き留めたい親心が対立を生んでいる。


 「ベガーズ・イン・スペイン」でもそうだったが、親が子供の遺伝子を改変する場合、子供には選択肢がない。親と同じ趣味嗜好であればともかく、望まないのにそう生まれついてしまった場合は苦痛だろう。さらにここには遺伝子を改変されてしゃべることができる番犬エンジェルも登場し、エンジェルの視点からも語られる。エンジェルの視点は素朴で率直だ。彼はそんな特殊な犬に生まれたかっただろうか。


 とはいえ、時代や環境、受け継ぐ遺伝子など、全ての者にとって自分でそれを選びようが無いことは、万人に共通だ。遺伝子改変の場合、そこに人の意思や判断が混じるというだけの話。そのように生まれついてしまったという事実をそのまま受け入れるしかない。判断を下した人物に対してどういう態度をとるかというのは、また別な話だと思う。