『ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く』
以前「未来への提言」(感想はこちら)というNHKの番組を観た。私たちの住むこの世界は、もしかすると4次元時空*1ではなく5次元時空かもしれない、というリサ・ランドール博士の理論を説明したもので、SFファンとしてはたいへんわくわくする内容だった。先日、本屋でそのランドール博士の著書を見つけ、思わず購入。それが本書なのだが、驚いたのは、これがその本屋での週間売り上げランキング第1位として並べられていたこと。しかも第2位は先にあげたNHKの番組をそのまま書き下ろしたもの。ベストセラー小説ならいざ知らず、こんな専門的な著書を購入した人がそんなにいたとは。それとも他の本屋では扱っていなくてここに殺到したのだろうか?
SFを読んでいると、正確な科学知識からは意外とかけ離れてしまうことがある。SFには科学的っぽいことが書かれているが、科学的っぽい説得力さえあれば良いので嘘も多い。また、どこまでが現時点で真実とみなされている科学で、どこからがフィクションなのかも区別がつかない。もちろんちゃんとした知識を持って読んでいる読者もいるだろうが、私のようにたいした科学知識がなくても、SFというものはそれなりに楽しめるものなのだ。とはいえ、科学的な知識がある方が、内容への理解は増すだろう。
そんな科学知識に乏しいSF読者が量子力学の基礎を学ぶためには、この著書はうってつけだ。なによりまず、とっつきやすい。数式は本文中には出てこず巻末にまとめてあったり、わかりやすい例えを多用したり、ポップソングや今時の若い兄妹の物語を使って量子の動きや性質などを表現してみたり、章の終わりには要点が簡潔にまとめてあったりと、読み易くする工夫が凝らされている。また、量子にはどういう種類があって、今までどういうものが発見されたのか、どのように推論されてどう検証されたのか、何が問題でそれを解決するためにどういう仮説が立てられたのかなど、歴史的な背景や学界の動きなどにもふれながら順を追って説明されているので、全体像がつかみ易い。
磁力など他の力に比べると、重力が極端に弱すぎるという指摘は面白かった。今までそれが不思議なことだとは思ってもみなかったが、指摘されるとなるほどと思えてくる。確かに、クリップは、地球全体がそれを反対方向へ引っ張っているにも拘わらず、小さな磁石で持ち上げられてしまう。磁石と地球の大きさの違いを考えるとその弱さは圧倒的だ。なぜこんなに弱いのか。「未来への提言」では、重力だけがもう一つの次元へ行くことができるということだった。本書の中ではその理論がもっと詳しく説明されている。
こういったことを説明する上で欠かせない超ひも理論については、私の知識はずいぶんあやふやなものだった。SFっぽさを演出するキーワード程度の認識しかない。ではどういう理論かというと、量子が粒状ではなく、ひも状のものがうねっていると仮定しているのだそうだ。なるほど、それで「ひも」でしたか(笑)。で、この理論を成り立たせるためには、10次元時空*2という多くの余剰次元が必要だと、従来はみなされていたのだけれども、それを、そんなに多くの余剰次元じゃなくても、5つの次元時空で成り立つじゃないか、と提唱した一人がランドール博士だったようだ。ちなみに、SFではこの理論は多重世界を扱った作品に登場することが多い。一番印象に残っているのは『重力の影』というSFだ。
少しがっかりしたのは、この世界が5次元時空だとしても4次元時空にしか見えないということだ。私は、人間にはもう一つの次元を感知するための器官がないために、5次元時空が広がっていてもわからないのかと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。もう一つの余剰な次元はとてもコンパクトに巻き上げられているか*3、もしくは人間が現在存在している場所がたまたま4次元時空のスポットで、異なる場所では5次元や、もっと多くの次元が広がっているのかもしれないのだそうである。SF読者としては、見えているこの世界にもう一つの次元が、なんかこう、重なっていてほしかったのだが(笑)。
ランドール博士の構築したこれらの理論は、現時点では理論上破綻せず成り立つようだが、まだそれが証明されるには至ってないようだ。現在、CERNで大掛かりな加速器LHCが建設中で、本年末にそれが完成する予定だそうだ。この加速器を使えば、これまで観測できなかった新しい量子が見つかる可能性があるそうだ。一番期待されているのはヒッグス粒子の発見らしいが、それ以外にも、見つかるものによっては仮定でしかなかった理論が証明されるかもしれない。もしかするとこの世界が実は5次元時空であることの証拠も、見つかるのかもしれない。