『千年、働いてきました』

 日本には、100年以上続いている企業がたくさんある。それどころか、中には飛鳥時代から約1400年以上続いているという世界最古の会社もある。けれども日本以外のアジアには、こうした長期に続いている企業は意外と少ないことから、これは世界でも日本にしかない特異な現象ではないかと考えた著者が、100年以上続いている企業を老舗企業と位置づけ、その中から特に製造業に絞って取材して著わしたのが本書。選抜の基準は「基本となる技術と精神は一貫していても、時代の変化に応じて柔軟に姿を変えてきた製造業」で、本書には50社近くが紹介されている。


 これが大変面白い。老舗企業という言葉の古めかしいイメージとは裏腹に、ここで紹介されている企業は最先端の技術を誇っている。中でも、そうした技術が携帯電話の中にいくつも凝縮されているというのが興味深い。例えば、元々は質流れのかんざしなどを溶かしていた貴金属を扱う創業約120年の企業が、バイブレーションするための極小モーターの中の小さなブラシを作っている。創業約150年の会社が、心臓部となる水晶発振器を開発している。創業約300年の企業が、折り曲げ部分の銅箔や電磁波シールドを扱っている、といった具合だ。老舗として培われた技術は、身近なところで、無くてはならない物となっている。さらに、古くなった携帯電話をリサイクルし、金などの価値のある金属を分離抽出しているのは、元々は銅の鉱山を経営していた創業約120年の企業。不純物の多かった銅を製錬する技術が、土壌汚染の浄化やリサイクルといった分野で活用されている。


 携帯電話以外にも、老舗企業の技術は意外なところで活用されている。何社か紹介されているが、それらの企業が元々扱っていた商品は、醤油、日本酒、木ロウ、墨汁、金箔、水飴、ブリキ細工、etc…。日本の伝統的な文化に基づいていたり、仏教に関連して永年技術が培われていたり、町工場に原点があったりと、あまり華々しいイメージはない。ところが、こうして伝統的に培われた技術が基盤となって、バイオテクノロジーナノテクノロジーといった最先端の技術へと応用されているのだ。羊毛を刈り取る安くて安全な薬剤、皮膚炎の薬品や化粧品、カラーコピー機のトナー、融雪剤、スタンピング・フォイル、トレハロースの安価な大量生産、曇らないバックミラーといった具合だ。


 こうした取材をいくつも通して見ていると、老舗企業に共通する点が見えてくる。変化を恐れず時代に対応するしなやかさ、それでいて核となる部分には一貫してこだわり続ける頑固さ粘り強さ、身の程をわきまえ、自分の得意とする分野で社会に貢献しようとする真摯な姿勢など、学ぶ点は多い。また、経営哲学などにも含蓄があって読みごたえがあった。とはいえ、締めくくりの部分は老舗企業の近年の受難を感じさせる。冒頭の世界最古の会社のアクロバティックな再生で締めくくられていて感慨深い。