『オリュンポス』(上・下)

 『イリアム』の続編。さらに長くなって、今回は上・下巻に分冊された。『イリアム』に輪をかけて複雑になっている。主に視点は3つの集団に絞られていたのが、『オリュンポス』ではそれらが細分化され、個別に動き出した。あちこちで細かいエピソードが進行し、からみあって大きな物語を作り出している。たくさんの物語がぶどうの房のように連なった集積を、作者は描きたかったのではないだろうか。ひと粒ひと粒はさらにこの作品の外に広がる既存の作家の作品や神話とも複雑にからみ合い、壮大な物語のネットワークを構築している。


 全体を通して、殺戮と色欲に満ちている。「失われた時代」に人々は強大な技術を手に入れた。けれどもその力を欲望に任せて弄び、収集がつかなくなってしまった。その名残りがイリアムにおける戦争ごっこだし、そのツケが一切の機能を忘れて弱体化した「いわゆる古典的人類」達だ。運用を間違えては、せっかくの優れた技術も無い方がましなくらいだ。


 イリアム側の地球の人々は血気盛んで野蛮だ。戦争を扱った物語だから死者は多い。欲望のままに行動する神々がそれをさらに泥沼化させる。そもそも欲望を満たすための戦争だったわけだ。一方、アーダ達の側の地球では、蘇生院が崩壊したことで、死と隣り合わせの生活が始まった。おまけにヴォイニクスやキャリバン、セテボスなどの異形のもの達が人間を襲って来る。対抗するための武器や物資は少なく、多勢に無勢でその被害たるや凄まじい。種としての存続すら危ぶまれる程だ。


 色欲に関しては、猥雑で生々しい。イリアム側の地球では、人々のモラルは野蛮で、占領した街の女は奴隷にして犯すというのがごく一般的発想なのだ。また、神々も節操がない。下敷きとなったギリシャ神話自体が近親婚しまくる物語だから仕方もないだろう。一方のアーダ達の側の地球では、「失われた時代」の遺産が悪趣味だ。断熱スキンの露出趣味はともかくとして、モイラの棺は何とも下世話だ。ガラスの棺に眠れる美女は王子様のキスで目覚めるものと相場は決まっているけれども、世界観に併せて悪趣味な起こし方に発展させてある。


 意表をつかれた展開だったのは、オデュッセウスのエピソード。時間軸が合わないとは思っていたけれど、あんな力押しで無理矢理解決してしまうとは。シモンズ程の大御所じゃないとできないような荒技だ。新人作家が下手な作品でこんな手法を使ったら、批難轟々だっただろう。オデュッセウスの旅はずいぶん長かったようだし、様々なことを予期した上で行動している節もある。一つの物語として成り立ちそうだ。


 アーダ達は全滅しそうだし、連れ去られたハーマンは、せっかく知識を得て覚醒したにもかかわらず、予想外の物を見つけてしまい、話は意外な方向へと逸れてしまった。さらに瀕死でさまようハーマン。気が気ではない展開が続いたが、危機的な状況で途方に暮れていた「いわゆる古典的人類」達が、たちまちのうちに変貌していくラストの展開は圧巻。こういう部分はシモンズは本当にうまい。「いわゆる古典的人類」達って、本当の古典的人類と違って、けっこう便利そうである。


 一応大団円は迎えたものの、多くの謎はそのまま残ってしまった。地中海盆地の海の下に封印された施設のことや、消えてしまったセテボスのことも気になる。〈静寂〉もどういう存在なのかよくわからなかった。訳者も後書きで指摘しているが、さらに続編が書かれるのかもしれない。それはそれで大歓迎だし楽しみだ。


 ところで、本篇もさることながら、この作品は翻訳もなかなかのものだ。訳者の後書きにはその苦労談が載せられているが、言及されている既存の作品の出典を確認したり、たくさんの登場人物達の名前の表記を統一したりと、ずいぶん大変な作業だったようだ。SFというマイナーな分野ながら、こういう優れた作品を、ちゃんと日本語で、しかも出版からあまり間を置かずに読めるというのは、なんとも幸いだ。