『火星縦断』

 リアリティあふれる火星サバイバルSF。第三次火星有人探査に訪れた隊員たちが、まさにタイトルどおり火星を縦断して、地球への帰還を目指す。それ以前の2度にわたる有人探査では、誰も帰還することが出来なかった。今回火星に到着したのは6人。しかし到着したばかりなのに、早くも致命的な困難にみまわれてしまった。唯一チャンスがありそうなのは、赤道を越えて極近くまで火星を縦断すること。果たして彼らは無事にたどり着き、帰還することができるのか。


 文章がたいへん読みやすくてとっつきやすい。また現在からさして遠くない近未来が舞台となっているので、現在の延長として違和感なく楽しめる。サバイバル小説としてもよくできていて、途中のさまざまな困難に加えて、登場人物の過去がバランスよく挿入されているし、ある事件の真相をめぐっていろいろ推理するという面でも楽しめる。SFにあまり馴染みのない人が初めて読むのには向いている思う。著者のランディスは、NASAで実際に火星の研究に携わっているそうで、実に細かい部分にも現実的な知識の裏づけがある描写になっていて、リアリティが感じられた。特に宇宙ステーションでのテザーを使ったゴミの廃棄の仕方が面白かった。


 とはいえ、未来として近すぎて、SF的な空想の要素の入り込む余地が少なくて小ぢんまりとしてしまったように思う。こういう現実感のある物語では、スケールの大きいフィクションやはったりの効いた設定は挿入しがたいだろう。私としてはもっと突拍子もないSFの方が好きだ。