『帝王の殻』

あらすじ

火星の都市・秋沙あいさの人々は、個人の経験データを完全に掌握するパーソナル人工脳・PABを所有していた。その開発企業である秋沙能研の長にして火星の帝王、秋沙享臣たかおみが死んだ。後継者に指名された孫の真人まさとは一切の感情をもたない少年だったが、PAB情報を集中管理するシステム・アイサックの試験稼動と同時に、帝王として振る舞いはじめるが……。『あなたの魂に安らぎあれ』に続く3部作第2弾

カバーより

 『あなたの魂に安らぎあれ』(感想はこちら)の続編。時間軸上では『帝王の殻』の方が『あな魂』より前になるようだ。二つの作品をつなぐように両方に登場しているのが、地球国連アドバンスガードの梶野少佐。『あな魂』が地球人の話だったのに対し、『帝王の殻』は火星人の話である。


 火星の秋沙では、人々はPABと呼ばれる機械の副脳を持っていて、これに話しかけることでPABを自分自身の一部であるかのように育て上げる。人々はこのPABに自我を投影し、自己と混同し、それとの対話に依存している。PABを開発する秋沙能研の能研長の秋沙享臣は、PABを通じて実質火星の帝王として君臨していたが、その息子の恒巧のぶよしは、父の後を継ぐことに興味を持っていなかった。享臣は、まだ2歳の孫の真人に全権を譲って他界する。真人は生まれてからしゃべったことがなかったが、享臣の死後PABを管理するアイサックが試験稼動されたことをきっかけに、急に大人並みの会話をするようになった。恒巧は息子や火星の人々を守るために、ようやく逃げ続けることを止め、問題に向き合い始める。


 『帝王の殻』で大きなテーマとなっているのが、父と息子の確執だ。何組かの父と息子が登場し、どう父親を乗り越えるか、どう息子と対峙するかといった問題をそれぞれ試行錯誤する。私にはこのテーマは必要ないなぁ。なぜそんなに意地を張らなければならないのか理解しがたい。もっと素直になれば楽なのにと思う。また、前作同様こちらにも、これが書かれた1995年という時代の空気が色濃く反映されているように思う。モラトリアムな感じとか、閉塞感とか、分裂気味の自我とか。PABと自己の境界があいまいなところなども、とても日本の社会を反映しているように感じられる。


 ひとつ面白かったのは、人間の進化がデジタルだという指摘だった。

いまのわたしには当時の意識がない。機械人は同じ姿で生まれ変わっていくんだ。人間のように親から子へ、というデジタルな進化じゃない。アナログ的なゆるやかな変化だ。P383より

親から子へとDNAが受け継がれていくことを、「デジタルな進化」と捕らえるのは、面白い視点だと感じた。


 このシリーズは、この後に『はだえの下』が出されている。タイトルや、地球人・火星人と続いて来たことなどから想像すると、次巻は月の機械人の話ではないだろうか。