『希望のしくみ』

内容

  • 第一章  お釈迦さまが教えたこと
  • 第二章  日本人と普遍性
  • 第三章  正しい生き方
  • 第四章  知恵のない世界
  • 第五章  「生きている」とは
  • 第六章  希望のしくみ
  • 第七章  共同体として生きる
  • 第八章  知恵と方法
  • 第九章  変われる人、変われない人
  • 第十章  「逆さメガネ」と「あべこべ思考」
  • 第十一章 「やりたいこと」より「できること」
  • 第十二章 仏教のこれから

カバーより

 初期仏教テーラワーダ仏教スマナサーラ長老と、養老孟司氏との対談。近代科学の方法で養老氏の考えたことが、2500年前にお釈迦さまの語ったこととよく似ていたという。養老氏の考え方には『バカの壁』を読んで敬意を払っていたのだが、それが仏教とどう近いのか、興味を持った。


 私がどの宗教に属しているかというと一応のところは仏教ということになるのだろうけれど、本家ではなかった私の家には、母が亡くなるまで仏壇もないほどだった。仏教とはどういう宗教なのか、漠然と断片的に聞きかじってはいても、正確なところはよく分かっていない。宗派についてもあまり違いを知らない。テーラワーダ仏教とは初めて聞く宗派だったのだが、原点に近いからにはより正確に説かれている内容がわかるかもしれないと、漠然と思った。


 読んでみて、まず、仏教に対する認識が大きく変わった。日本の大乗仏教が祖師を信仰しなさいというのと違い、お釈迦さまは「真理」を提示し、自分で調べ、確かめなさい、というスタンスで教えたのだそうだ。真理は誰が提示しようが、いつの時代であろうが真理であり、信仰の対象にはなり得ず、誰でも確かめられる。また、死んでからでないと確かめられないものでもない。では何が「真理」なのかというと、「世界は変化している」「私は変化している」ということだという。これを仏教用語で「無常」と「無我」と呼ぶのだそうだ。


 確かに「諸行無常」などの言葉はよく聞くし、意味も知っているつもりだったけれど、仏教がそれを「真理」として説くほど重要視しているという認識はなかった。 また、「無我」という言葉にはなんとなく、主体を無くして受身になるよう教えている印象を受けていたのだが、心の働きは細かく分類され説明されているので一概にそうとばかりも言えないようで、むしろ「変わらない私はない」という意味だったらしい。


 自分自身の外も内も常に変化しているというのがお釈迦さまの提示した「真理」であり、このことからは誰も何も逃れられないし、また変化しているからこそ、存在することができるのだそうだ。だからこれに逆らわない生き方をすることが大切なのだという。確かにそのとおりで、抵抗しようがしまいが、変化を止めることはできない。さらに仏教は、その真理に則った生き方や智慧の育て方などを、明確に示したのだそうだ。仏教に対する認識が、大きく変わった。


 スマナサーラ長老と養老氏との会話は、さらりと交わされながらもよくよく読むと深い内容が語られていて、たいへん参考になった。養老氏はこの中で、「お釈迦さんは心を科学した人。ヒトの心が変わらない以上、その方法はずっと使える」と書かれている。だとしたら、現代にあった形で仏教の提示してくれたものを再確認してみるのもいいかもしれない。ほかにも知識と知恵の違いや、日本人のパックツアーのような生き方や足を引っ張り合う社会の話などが面白かったし、道徳が論理で成り立つということや、タイトルそのものの希望とは何でどのように成り立っているのかいう話なども、なるほどなぁと思えて興味深かった。

余談

 ところで、これを読んで驚いたことがある。この前に感想を書いた『万物理論』が、この初期仏教とよく似ているのだ。「万物理論」は数式で証明される必要があるので大掛かりな計算をさせたりもしていたけれど、その内容を日常の言葉で言い表すともっと簡単なものになる。それが「すべてのものは変化する」となっても不思議ではない。


そもそも、それは何かはさておき、すべてのものの中にひとつの共通する法則が存在するという前提そのものが両者で似ている。だから最終的に提示されているものも似ているのかもしれない。


 類似を感じる部分をあげてみると、「万物理論」は「無常・無我」にあたるし、主人公のアンドルーが自分の身体と向き合うことで理解するにいたったのは「ヴィパッサナー瞑想」が同様の役割を果たしているし、「懸命に立ち泳ぎ」するのは共同体として生きるための知恵である「慈悲」にあたるし、「ラマント野を切り離す」ことは一切の期待・希望感から心が開放される「涅槃・解脱」にあたる。とすると基石は実はお釈迦さまだったのかもしれない。


 脳のしくみを考えることで養老氏がお釈迦さまの説かれたことのいくつかにたどり着いたのならば、同様に脳に関する作品を書いたりもしているイーガンが同じようなところにたどり着いたとしても不思議はないのだろう。

日本テーラワーダ仏教協会

http://www.j-theravada.net/
『希望のしくみ』の方が宗教くささが薄いのでとっつきやすいですが、初期仏教について詳しく載せられているので、参考になるかもしれません。