『第六大陸』1

あらすじ

西暦2025年。サハラ、南極、ヒマラヤ―極限環境下での建設事業で、類例のない実績を誇る後鳥羽総合建設は、新たな計画を受注した。依頼主は巨大レジャー企業会長・桃園寺閃之助、工期は10年、予算1500億、そして建設地は月。機動建設部の青峰は、桃園寺の孫娘・妙を伴い、月面の中国基地へ現場調査に赴く。だが彼が目にしたのは、想像を絶する苛酷な環境だった―民間企業による月面開発計画「第六大陸」全2巻着工!

カバーより

 私の読む本は翻訳ものが多い。SFも、読むのはほとんどが海外の作品の翻訳だ。海外ものの方が硬質な感じがあって好きなのだが、文化や習慣、宗教観などの面では違和感がある時もたまにある。


 『第六大陸』は日本を舞台に日本人が月を開拓する話で、作者も日本人だ。だから非常に親近感があり、共感しやすい。また綿密な取材を元に現在の技術の延長線上に描かれているので、月への移住もすでに夢物語などではなく、近く実現可能なことなのだと思えて来る。


 少し都合良すぎたり登場人物が優秀すぎたりするきらいはあるが、たぶん作者はとても肯定的なものの見方をされる方なのだろう。不可能な未来を描くより、可能な未来を描き、ビジョンを示したいという姿勢が感じられて好感が持てる。ちなみにカバーと口絵のイラストは、『プラネテス』(感想はこちら)を描いた漫画家の幸村誠氏。『プラネテス』も宇宙での生活をリアルに描いた漫画である。宇宙に暮らす未来をリアルに提示する点で両者は共通していて、この作品のイラストにふさわしく思える。



 ずば抜けて頭が良く桃園寺グループの創業者 桃園寺閃乃助を祖父に持つ少女 桃園寺妙は、月に夢を託していた。桃園寺グループはレジャー施設の運営などを主管事業とする財閥で、その中核をなすエデン・レジャーエンターテイメント社の事業の一環として、妙と閃乃助はある施設を月に建設することを計画する。


 建設は、建築条件の極めて悪い地域での建築に実績を持つ御鳥羽総合建設が選ばれた。青峰走也はここの若手社員で、現地の視察のために月の中国基地へと出張する。また資材の輸送は、次世代ロケットエンジンを極秘開発中の天竜ギャラクシートランス社が抜擢された。彼らの努力で、次第に月への建築が具体的になっていく。



 この作品では、民間人の力で月の開発が進められていく。たぶんアメリカ人の書いた話であったなら、そういう展開にはならなかっただろう。どうしてもNASAが主導権を握ってしまいそうである。リアルな火星開拓のSFとして印象に残っている『レッド・マーズ』(感想はこちら)でも、初期の移住者達は大きくはアメリカ陣営とロシア陣営に別れていて、かなり政治色が強かった。もちろんこの『第六大陸』にもNASAは出て来るのだが、日本人作者ならではの展開や位置付けとなっていると思う。


 技術的には現在の技術でも移住は可能なようである。問題はコストと、何のために行くのかという動機のようである。1960年代にはアメリカとソ連の軍事的な動機があった。しかしその争いが一段落した今、宇宙への進出はあまり目覚ましい発展を遂げてはいない。ビジョンを示すことで月開拓への夢の掛け橋にならないかというのが作者の意図のようである。



 1巻目で、月への資材の運び出しが何とか起動に乗り始めた。また、妙の動機も少しづつ見え始めて来た。今後の展開が楽しみである。