『遠き神々の炎』(上・下)

あらすじ

高度に発達した通信ネットワーク銀河の片隅で、人類の考古学者が発掘したもの―それは超太古に封印された邪悪な情報意識体だった。解き放たれた邪悪意識は恐るべき速さで銀河を蝕み、数多くの星系文明を滅ぼしていく。一方、唯一の希望だったワクチン搭載船は、とある惑星に不時着してしまう。そこは犬型の生物が複数匹集まって一個の知性体となる中世地球レベルの文明世界だった。

カバーより

あらすじ

犬たちの星で、対立勢力に別々に捕われてしまった姉と弟。人類のテクノロジーを手中にせんと、両派の抗争は激化する。そしてネットワーク宇宙では、邪悪意識が銀河機構の中枢部まで消滅させていた。虚偽と悪意の情報が乱れ飛ぶ宇宙を、姉弟の救出をめざして一隻の船が送られるが…。奇想SFとスペースオペラの醍醐味をあわせもつ、驚異の大型SF。ヒューゴー賞受賞作!

カバーより

 壮大な宇宙設定の下、銀河系を破壊する古代の邪悪意識を阻止するために活躍する冒険SF。奇抜なアイデア、計算された伏線が盛りだくさんに詰め込まれたプロットは見事である。また危機一髪の状況が次々に起こる波乱万丈のストーリー展開は飽きさせない。



 物語の核となる設定は、知的生命体の思考速度やコンピュータ等の演算能力が銀河系の外側(上側)に行く程早くなるという奇抜なものである。宇宙空間は銀河の中心から「無思考深部」「低速圏」「際涯圏」「超越界」と空間の性質で別れている。ちなみに地球のある場所は光速以上の速度の出せない「低速圏」である。


 時代は今より何万年もはるか遠い未来。物語の主な舞台は「際涯圏」で、知的生命体はこの空域に巨大で複雑なネットワークを構築して繁栄していた。ここでは多種多様の文明が何万年単位で興亡を繰り広げている。人類文明もここでは後発組みで少数派の部類でしかない。



 「際涯圏」の外側(上側)の「超越界」では、精神は超越して神のような存在の「神仙」へとまれに進化する。下位超越界にあるハイラブで、人類は古代のアーカイブを発掘していたが、結果的に古代に葬られた邪悪な神仙を目覚めさせてしまった。それに気付いた一家は対抗策を船に載せ、脱出を試みる。しかし見つかって妨害され、宇宙船は際涯圏の底にある未知の惑星に不時着した。


 その惑星では「鉄爪族」と名付けられた犬に似た知的生命体が、中世レベルの文明を築いていた。二つの勢力に別れて抗争を繰り広げていた鉄爪族に一家の大人は殺されてしまい、幼い姉弟、ヨハンナとイェフリは別々の勢力に捕われてしまう。


 一方際涯圏では、邪悪な神仙「奇形体」による破壊が進んでいた。イェフリの救難信号をキャッチし、ラヴナは蘇生させられた3万年前の原人類ファムやスクロードライダー達と共に救出に向かうことになる。それを阻止しようと追い掛ける奇形体。数々の危機を乗り越えての救出劇は息もつかせず読みごたえがある。



 この話には人類の方が珍しいくらいさまざまな生命体が登場しているのだが、中でも大きな役割を果たしている「鉄爪族」と「スクロードライダー」がよく描かれていて興味深い。


 鉄爪族はいくつかの個体の集まった群れで一つの人格を形成している。個体は死んでも群れとしての個性や記憶は維持し続けている。音により群れの中の個体同士は協調して動くため、他の群れが近くに寄り過ぎると思考が混ざり考えることができなくなる。そのため共同で作業することができず中世レベルの生活から成長できずにいた。鉄爪族の政治状況や陰謀など、人間くさい部分がありながらそうでない部分もあり、巧みに表現されている。


 スクロードライダーは6輪台車に乗った植物のような生命体だ。短期記憶を維持できないため、スクロードに短期記憶をバックアップさせている。ラヴナと共にイェフリの救出に向かうスクロードライダーの活躍ぶりは非常に印象的で心に残る。



 登場人物の中でも、ファムはとりわけ異色の経歴を持っている。3万年前に死んだ原人類を蘇生したという設定もそうだが、生存中もかなり数奇な運命をたどっている。この作品の後に書かれた『最果ての銀河船団』(感想はこちらこちら)ではこのファムの生存中の活躍が描かれている。人類がまだ低速圏を光速以下で活動していた頃の話である。


 しかし、実は『遠き神々の炎』と『最果ての銀河船団』は大筋の構成がそっくりだ。未知の知的生命体が二手に別れて抗争を繰り広げているさまが活き活きと描かれ、そこに人類が危機的状況で接触するという構成に両作品ともなっている。規模からすると『遠き神々〜』の方が圧倒的にスケールが大きいのだが、『最果て〜』ではファムの複雑な性格とそれを形成した彼の人生のディテールが描かれていて魅力的だ。非常に寡作な作者だが、彼を主人公にした作品をまた読みたいものだ。