『重力が衰えるとき』
- 著者:ジョージ・アレック・エフィンジャー
- 訳者:浅倉久志
- 出版:早川書房
- ISBN:4150108366
- お気に入り度:★★★★★
近未来のアラブの架空都市、ブーダイーンが舞台のサイバーパンク。『重力が衰えるとき』『太陽の炎』『電脳砂漠』と、読み切りのシリーズになっている。サイバーパンクはあまり好きではないのだが、これはたいへん面白かった。
ブーダイーンは犯罪の横行するうさん臭い都市で、そこでは他国が禁じているアドオン(通称ダディー)や人格モジュール(通称モディー)も合法化されていた。どちらも脳に配線した頭のソケットに差仕込むタイプの能力強化ソフトで、ダディーは特殊技術や知識を使えるようになるソフト、モディーは架空や実在の人物になれる人格モジュールソフトである。モディーの中には闇で流通している危ない裏モディーもあり、モディー中毒の起こした殺人事件の捜査を主人公のマリードがするはめになる。
ブーダイーンの街のいかがわしさがいきいきと描かれていて、怪しげなバーやうさん臭い登場人物など、腐敗しきった感じが最高である。「マルハバ」「アッラーの思し召しがありますように」「商売は商売、遊びは遊び」などの挨拶に使われる決まり文句もエキゾチックである。アッラーの名を出せば出すほどうさん臭さが増しているのだ(笑)。
主人公のマリードは一匹狼を気取る探偵である。ハードボイルド仕立てなノリで、様々な種類のドラッグを常用しているヤク中である。ある事件をきっかけに街を牛耳るパパの目にとまったマリードは、イスラムマフィアの抗争に巻き込まれてしまうはめに。嫌っていた脳の配線までも無理矢理させられてしまうという、災難続きだ。
面白かったのは捜査のために使ったモディー。危ないことから遠ざかっていられるようにと、部屋から出ずに事件を解決するので有名なスタウト作の探偵ネロ・ウルフのモディーを使って事件を解決しようとする。おかげでネロ・ウルフ同様に黄色いパジャマや高価な蘭が欲しくなり、肉塊に埋もれた気分になるのである。私はネロ・ウルフのシリーズも好きなので面白かった。
脇役も個性的で、尖った糸切り歯を見せて無気味に笑う人喰い人種のバーのママや、性転換した半玉の恋人のヤースミーン、ラリって妄想の中で戦いながら運転しているタクシー運転手など、皆いかにもうさん臭い。
3作とも面白いが、特に本書が最初のインパクトもあったため面白かった。続く『太陽の炎』『電脳砂漠』でマリードはますます窮地に追い込まれてゆく。さらに続きが出るはずで楽しみにしていたのだが、いつまでたっても出ないと思ったら、すでに作者が亡くなられていたようだ。たいへん残念である。ご冥福をお祈りします。
またこの作品自体も、現在すでに廃刊となってしまったようで、面白かったのに残念だ。しかしサイバーパンクもすっかり様変わりしているため、今読むとアナクロなイメージが拭えないかもしれない。すでに脳に配線することも性転換もヤク漬けなイメージも、SF界ではありふれた出来事となってしまった。