『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』『ブルー・マーズ』

リアルな火星三部作

 1990年代に書かれた、火星への植民を描いたSF大河小説。

 三部作の最後の作品『ブルー・マーズ』が、前作の『グリーン・マーズ』から実に16年経ってようやく邦訳された。『ブルー・マーズ』の上巻を半分くらいは読み進めたのだが、さすがに年数が経ちすぎていて、登場人物の人間関係がわからなくなってきた。結局最初の『レッド・マーズ』から読み直すことに。

 2027年、選抜された科学者集団〈最初の百人〉が乗り込んだアレス号は火星に到着し、国連主導で火星への植民が始まった。火星を緑化し、宇宙ステーションや街を築く。地球からは、物資や後続の植民者も送り込まれて来る。

 地球では多国籍企業が合併して国家の規模を超えたものが現れてきた。火星の事業を推進する国連も、次第にこうした企業の支配下となってゆく。

 火星の緑化をどう推進するのか、政治や経済、法律を、新しい世界にどう築いていくのか、独立をどうやって勝ち取るのか、こうした課題に人びとは直面する。火星の主導権をめぐって争いが起きる。

 また、寿命が大幅に延び、人口が爆発的に増加した。過密状態の地球から、火星だけでなく、太陽系全域へと、人類は広がってゆく。こうした歴史の流れが、主に〈最初の百人〉の主要メンバーの、200年以上にわたる長い生涯を通して描かれている。

 火星を描いた近未来SFとして、当初から実にリアルに感じられる作品だった。現在では火星探査も進み、地表のクリアな映像を見ることもできるが、当時の火星は全く未知の世界だった。今や、登場人物たちが火星へ入植した2027年はあと8年後に迫っている。スマホが登場しないなど現実と異なる部分も少なくないが、時代遅れという感じはしない。

 今回改めて読み直してみて、この三部作は大河小説であり、人間ドラマだったのだなと思った。最終巻を読むまでは、もっと技術的なものや時代の流れといったものが主題だと思っていた。最後まで読まなければ作者の意図はわからない。完結するのとしないのとでは、物語の捉え方も大きく違ってしまう。しかも、読めば読むほど傑作だと思える、濃密な作品だった。最終巻が発行されて本当に良かった。

 ネタバレ無しでは、感想も紹介も難しかったため、書籍概要以降、詳しくはネタバレOKの方のみどうぞ。

書籍概要

あらすじ

人類は火星への初の有人飛行を成功させ、その後、無人輸送船で夥しい機材を送り出した。そしてついに2026年、厳選された百人の科学者を乗せ、最初の火星植民船が船出する。果てしなく広がる赤い大地に、彼らは人の住む街を創りあげるのだ。そして大気と水を。惑星開発に向けて前人未到の戦いが始まる。NASAの最新情報に基づく最高にリアルな火星SF。A・C・クラークが激賞!

カバーより

あらすじ

火星表面には数多の巨大テント型居住施設が完成し、地球から数万の植民者が送り込まれてきた。また人と資源の移送を容易にするため、火星上空の衛星軌道にまで達する人類初の宇宙エレヴェーターの建造も始まる。だが、この星は地球の延長ではない。そしてある日、革命が勃発する。各地の植民街が決起し、ついには宇宙エレヴェーターが衛星軌道から落下しはじめた。空前の崩壊劇!

カバーより

あらすじ

地下活動を繰り広げていた〈最初の百人〉は、突如として暫定統治機構から襲撃を受ける。ついに所在が知られたのだ、彼らは植民者の総力を結集して、一つずつ反撃を開始する。――火星の独立をめざして。今度こそしくじってはならない。現代SF界の最前線に立つロビンスンが、驚異的な取材力と卓越した想像力を駆使して描きあげた、途方もなくリアルな未来の火星。三部作第二弾!

カバーより

あらすじ

2061年のカタストロフィののち、火星社会は驚くべき復興を遂げていた。今や火星を支配する暫定統治機構は地球の企業体の化身であり、火星の緑化がもたらす可能なかぎりの富を手に入れようとしている。秘密コロニーに潜んだ〈最初の百人〉の生き残りたちは、これに対抗するべくレジスタンス活動に出るが。『レッド・マーズ』を凌ぐ迫力に満ちた、ヒューゴー賞ローカス賞受賞作!

カバーより

あらすじ

地球の治安部隊は火星の軌道上にまで撤退し、無血革命は成功するかに思われた。だが和平交渉中、過激な一分派が宇宙エレヴェーターに攻撃を開始する。第一次火星革命の悪夢が繰り返されてしまうのか? 壮大な火星入植計画をリアルに描きSF史上に不滅の金字塔を打ち立てた、『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』に続く〈火星三部作〉完結編。ヒューゴー賞ローカス賞受賞。

カバーより

あらすじ

憲法を制定した火星政府は、地球との交渉の末についに念願の独立を勝ち取った。人びとは自由を謳歌し、多様な文化が共生する火星ならではの社会システムと新たな文明を発展させていくが……。赤い荒野から緑の大地へ、そして青い大洋を持つ人類の第二の故郷へと劇的に変容してゆく火星の姿を、人びとの綾なす人間ドラマとともに壮大なスケールで描きあげた大河三部作、堂々完結。

カバーより


『レッド・マーズ』 やたら対立しあう〈最初の百人〉たち

 選抜されたエリートである〈最初の百人〉には、カリスマ性の高い人物が多く登場する。そんな中でも、とりわけ人びとに大きな影響を与えていたのが、政治的手腕に長けた怒れる男フランクと、誰からも愛される陽気で傲慢なジョン・ブーンだった。政治的立場やマヤを巡って二人はことごとく対立する。魅力的だが気性の激しいマヤは、人心収攬に長け権力志向。二人の恋愛感情を煽っていた。フランクとジョンの対立はやがて深刻な事件へと発展する。

 アンは岩石など火星の自然の美しさに惚れ込み、これを人の手が加わらない状態で保存することを主張していた。一方、サックスは緑化のためのアイデアを次々と試みる。二人は地球も交えて激しく論争を繰り広げる。火星の独立を目指すアルカディイは緑化に同調。惑星緑化に対するこうした考え方の違いは、やがて自然のままの火星を残そうとするレッズと、緑化を推進するグリーンとに分かれて激しく対立してゆく。

 緑化力ヴィリディタス火星浄福アレオファニイという独自の精神性を説いて地母神のような存在となっていくヒロコも、影響力が強かった。ヒロコは誰とも対立しないものの、発想が非常にアナーキー。既存の倫理観の破壊者だ。

 ヒロコのグループは、アレス号に密航者を匿い、男性たちから精子を集め、体外受精で密かに子どもたちを生み出していた。火星到着から数年が経ち、ヒロコのグループは火星の荒野へと消えていく。精神科医のミシェルもこれに同行。ヒロコは母系社会を実現しようとしていた。

 技術者のナディアは、様々なことに解決策を見出し、的確な助言を与えることで、多くの人びとの信頼を得ていた。火星の独立を目指すアルカディイと恋人同士となる。万一に備えてアルカディイから、フォボスを起爆する無線送信機を託された。しかし、政治的にはナディアとアルカディイには大きな相違点があった。

 やがてヴラドが長命化の処置の方法を考案。〈最初の百人〉に施した。こうして人びとの寿命が飛躍的に延びた。

 火星に宇宙エレヴェーターが完成すると、地球からの移民が爆発的に増加。国連火星事業局UNOMAの主導で進められてきた火星での事業も、国家を超えた超国籍企業体トランスナショナルの主導へと変遷してゆく。宇宙エレヴェーターの所有権をめぐって地球ではトランスナショナルの間で争いが激化。フィリスはその一つと結託して宇宙エレヴェーターの実権を握る。

 こうしたことで火星では不満が高まってきた。そしてついに2061年、アルカディイたちによって革命が始まった。この部分は、映画化すると見栄えがしそうなスペクタクルな展開となっている。被害は甚大で、〈最初の百人〉には殺害命令がくだされた。追われたマヤたちは、姿を表したミシェルの導きでヒロコたちの隠れコロニーへとたどり着く。

『グリーン・マーズ』 地下組織の人びと

 隠れコロニーは〈最初の百人〉の生き残りが暮らすザイゴート以外にもたくさんあり、中には半ば公然と存在が認められているコロニー(デミモンド)もあった。それらには、2061年の革命時に追われた地下組織の人びとが暮らしていた。

 『グリーン・マーズ』になると、火星生まれの三世が活躍しはじめる。中心的な三世はニルガルとジャッキィ。

 ニルガルは体外受精児で、アレス号に密航していたコヨーテ(デズモンド)の息子*1、ジャッキィはヒロコとジョン・ブーンの孫娘だ。ヒロコはジョンに無断で人工授精によって子供を生み出していた。それがジャッキィの父親のカセイだった。ジャッキィはジョン・ブーンに傾倒し、その孫だということを自慢にしていた。彼女はマヤと似て、男性を引き従え、政治的野心にあふれるタイプ。二ルガルは気持ちを踏みにじられる。

 ニルガルはトランスナショナルのひとつプラクシスと接触する。プラクシスの創業者ウィリアム・フォートが送り込んできたアートは、無害そうに見えるが実は調整手腕に長けた、好人物。火星の地下組織が各組織で考え方や立場が大きく異なる状況を知り、全体で顔を会わせて会合を開くよう進言する。

 こうして隠れコロニーのドルサ・ブレヴィアで、火星の地下組織の共通認識をまとめる会議が開かれた。また、ウィリアム・フォートも地球からやってきて、地球の状況を説明。トランスナショナルはさらに巨大化し、国家と契約を結んでこれらを牛耳るメタナショナルとなりつつあった。膨大なすり合わせ作業の末、二ルガルとアートの活躍で、ようやくひとつの宣言に集約された。

 プラクシスなどの協力も得て、歳月で見た目も変わった〈最初の百人〉たちはデミモンドで暮らしはじめていた。マヤとミシェルは同棲を始める。しかし、デミモンドの明日香が、国連暫定統治機構UNTAの治安部隊により制圧された。多くの死者が出て、いあわせたヒロコたちのグループも消息を絶った。先に逃れたコヨーテにも連絡はなく、生死すら分からなかった。

 他のデミモンドでの取り締まりも厳しくなり、身を隠すマヤたち。反撃しようとするレッズなどの過激派をなだめ、マヤと二ルガルは政治活動を繰り広げる。サックスたちは準備を進め、きっかけを待つ。そしてついにその時がきた。2129年、地球での災害に乗じて、第二次火星革命が始まった。マヤは地球に向け、火星のことは火星で決めると演説する。

 退却したUNTAの治安部隊はバロゥズに集結。近くの堤防でレッズなどと衝突し、堤防が決壊した。バロゥズに大量の水が押し寄せる。人びとを避難させるため、サックスたちは奮闘する。『グリーン・マーズ』は大脱出劇で幕を閉じていた。

『ブルー・マーズ』 広がりゆく人類の生活圏

 『ブルー・マーズ』は、前作ラストの革命がまだ決着がついていない状態で始まる。

 火星の都市のほとんどは独立を望む火星の人びとによって掌握されていたが、宇宙エレヴェーターとその上部のニュー・クラークは、まだ退却したUNTA治安部隊に支配されていた。

 このエレヴェーターのケーブルとソケットを巡って火星の人びとの間でも対立が起こる。カセイ率いるレッズの過激派が、これらを爆破しようと暴走した。アンの息子ピーター率いるグリーンは阻止しようとし、レッズとグリーンで内戦状態となった。

 レッズに影響力のあるアンは、カセイを説得しようと駆けつけるが、エレヴェーターを掌握しているUNTA治安部隊がレッズ過激派を制圧。アンは残ったレッズを説得して退却させた。

 UNTAの支配するエレヴェーターで、マヤたちは国連との交渉のために地球へ向かう。火星生まれの二ルガルの目を通した地球の鮮やかさと重力が印象的。また、ミシェルはプロヴァンスへのノスタルジーに浸る。

 地球では、海面の上昇で多くの都市が沈んでいた。メタナショナルの勢力図にも変化が現れる。また、長寿処置の影響で人口が爆発的に増えようとしていた。独立と引き換えに、火星は一定量の移民の引き受けなどを了承する。

 一方、火星ではナディアを中心に憲法づくりが進められていた。ドルサ・ブレヴィア宣言から20年以上が経ち、人びとの考え方も変わってきていた。資本主義に対するヴラドの演説が興味深い。

 多くの人びとが長寿処置を受けられるようになり、人口はますます過密化してゆく。地球はいっぱいで、火星への植民者も増えてゆく。さらに火星だけでなく、小惑星の内部をくり抜いた都市や水星、木星天王星の月にまでも、人類は広がりつつあった。これらの過酷な環境下では、ひとつ間違うと死に直結する。また、長寿処置を受けた人びとの中にも、亡くなる人が次第に出始めていた。

壮大な大河小説

 『ブルー・マーズ』だけ読むと、事情もわかりづらいし、ストーリーも散漫に感じるかもしれない。しかし、全作品を通して読むと、登場人物たちの人間模様が感慨深い。しかも、寿命が延びて200年以上生きるのだ。

 『レッド・マーズ』の冒頭で起きたジョンの事件も、ついに真相が判明する。この事件については何がどうなったのかが今ひとつわかりにくかった。こういう展開になっていたとは。一方で、ヒロコは謎めいた存在のまま終始する。

 サックスとアンの融和は予想外だった。マヤは多くの記憶を無くしたものの、政治的嗅覚とカリスマ性は健在だ。彼女が過去を思い出したくないのは当然だろう。ナディアとアートは予想通り。寿命が大幅に延びると年齢は関係なくなってくる。

 二ルガルは政治から距離を置き、自然と向き合う。サックスの紹介で幸せをつかむことだろう。家族の死で失意のジャッキィは、銀河系外に旅立ってしまった。

 そして最後に描かれるのは、ウォーカーもヘルメットも必要なく、火星の海辺を素足で歩き、友人や家族と暮らす日常の風景。火星に植民した人びとが長い年月をかけて目指したものは、この日常生活だ。

色彩表現のすばらしさ

 タイトルにも色名が付けられているように、この火星三部作では色彩が重要なファクターとなっている。

 例えば、緑化を推進するグリーンと、手を加えない状態を維持しようとするレッズの対立。『ブルー・マーズ』で融和が進むと、二つの色を混ぜ合わせることが検討される。

 また、二ルガルは、ヒロコが提唱する生命の象徴の緑化力ヴィリディタスを、科学的・人工的なものの象徴である白と対比させる。このイメージも何度か反復されていて美しい。

 他にも、火星の空や地衣類の葉の色、岩石の色など、色彩表現の豊かさは秀逸だ。特に、サックスとマヤがカラーチャートで見比べる火星の微妙な空の色は、なんと美しいことか。そしてついに、火星の空にも青が出現する。タイトルの色名が実に生きてくる。

軌道都市

 本筋からは少し外れるが、線路の上を移動する都市が登場していて、しかも理にかなったものだったので嬉しくなった。

 都市が移動する作品はいくつかある。クリストファー・プリースト作の『逆転世界』では、線路を敷設しながら都市を移動させ続けていた。たいへん面白かったのだが、都市を移動させ続ける理由があまりにSF的すぎた。

 ジブリアニメでおなじみ『ハウルの動く城』はただの家だし、フィリップ・リーブの『移動都市』は、線路ではなく車がついていて自由に動けるものの、都市と都市が狩りあうという弱肉強食の世界観だ。ちょっと荒唐無稽すぎる。

 ちなみに『移動都市』は映画化され、『モータル・エンジン』というタイトルで今年3/1から公開されるようだ。

 予告編がなかなか迫力があり面白そうだ。道理で原作の第4作目『廃墟都市の復活』が8年ぶりに発行されたわけだ。

 『ブルー・マーズ』に登場するのは水星の都市で、太陽に近すぎるこの惑星では、都市は昼と夜の境目に留まるために常に移動し続けなければならない。移動の理由が理にかなったものだし、移動方法も軌道の膨張を利用して推進するというスマートさ。なんと素晴らしい。

主な登場人物

〈最初の百人〉
  • フランク・チャーマーズ:植民団のアメリカ側のリーダー
  • ジョン・ブーン:初の有人火星飛行士。フランクの旧友
  • マヤ・トイトヴナ:植民団のロシア側リーダー。カリスマ性が高く政治手腕に長ける
  • ナディア・チェルネシェフスカヤ:技師。コロニーの難問解決係トラブルシューター。『ブルー・マーズ』では初代の行政評議会議長に就任
  • アルカディイ・ボグダノフ:訓練担当。のちにフォボスの代表。独立を主張
  • アン・クレイボーン:地質学調査の責任者。火星環境温存派レッズ
  • サイモン・フレィザー:地質学者。アンの夫
  • サックス(サクシフレィジ)・ラッセル:物理学者。緑化推進論者。『グリーン・マーズ』ではスティーヴン・リンドルムという偽名で働く。
  • ヒロコ・アイ:生命維持システム設計者。隠れコロニーの指導者。『グリーン・マーズ』で明日香が襲撃された際に行方不明に
  • ミシェル・デュヴァル:精神科医プロヴァンス出身
  • フィリス・ボイル:地質学者。宇宙エレヴェーター管理官。『グリーン・マーズ』では国連暫定統治機構スタッフとしてサックスと再会
  • ヴラド・タネエフ:生物医学者。長命処置の開発者。マリーナ、ウルズラと、男性1人、女性2人の不思議な3人家族を築く
  • コヨーテ(デズモンド・ホーキンス):アレス号の密航者。ドレッドロック
火星生まれの子どもたち
  • カセイ:第二世代。ヒロコとジョン・ブーンの息子。体外受精児。レッズの過激派を指揮
  • ピーター・クレイボーン:第二世代。アンとサイモンの息子。グリーンの革命勢力を指揮
  • ニルガル:コヨーテの息子。体外受精児。みんなから好かれるカリスマ性の持ち主
  • ジャッキィ:第三世代。カセイとエスターの娘。ジョン・ブーンの孫
  • ハルマキス:体外受精児。レッズ
  • ゾー(ゾヤ):第四世代。ジャッキィの娘
その他
  • ゼイク:古参のアラブ人有力者。直感記憶の持ち主
  • ウィリアム・フォート: 超国籍企業体トランスナショナルのひとつプラクシスの創業者
  • アート・ランドルフ:フォートに送り込まれたエージェント

*1:ニルガルの母親はヒロコとなっている。だとするとニルガルは二世だと思うのだが、三世と表記されている。