『任務外作戦』(上・下)

あらすじ

皇帝の結婚式を前にバラヤーに戻ったマイルズは、コマールで出会ったエカテリンに求婚しようとしていた。だが、相手は夫を亡くしたばかり。とりあえず搦め手から攻めようと、屋敷の庭園デザインを依頼することにした。彼女が落ち着いたころに、結婚を申し込めばいい。計画は完璧なはずだった。ところが、求婚者たちが彼女のまわりをうろつきはじめたのだ。マイルズの恋の行方は?

カバーより

あらすじ

マイルズのクローンのマークも、バラヤーに戻ってきた。虫バター事業をはじめようとしていたのだが、肝心の虫の見映えの悪さから、評判はいまひとつ。一方マイルズの求婚計画は散々なありさま。おまけに、ヴォル一族の継承問題という、政治上の駆け引きに巻き込まれてしまった。マイルズは苦境を乗り切り愛する人と結婚できるのか?「冬の市の贈り物」も収録。ファン必読の一冊。

カバーより

 ヴォルコシガンシリーズの最新刊。次作が出るまでにいつもは4、5年くらいかかっていたのだが、今回は、前作からわずか1年という短期間での出版となった。マイルズの恋の行方が気になる読者にとってはうれしい限りだ。


 『任務外作戦』の原題は"A CIVIL CAMPAIGN"で、1999年に書かれた作品。原題だけはもう何年も前からあとがきで見ていただけに感慨深い。バラヤーの伝統的な慣習と、外世界から押し寄せる技術や思想などとのギャップに寄って引き起こされる軋轢が、面白おかしく描かれた作品だ。また、下巻にはタウラが活躍する短篇「冬の市の贈り物」も収録されている。


 今回の舞台となるのは、皇帝グレゴールの婚礼を間近に控えたバラヤー。封建的な風習や社会システムが色濃く残るバラヤーでは、女性には相続や投票の権利が認められていない。また、女性への配慮に欠けたふるまいしかできない男性も多い。一方で、外世界との交流が開かれた今では、女性たちの考え方も大きく変わりつつある。能力があるにもかかわらず無為に過ごしているバラヤーの女性たちは、古い慣習にしばられて自立を阻まれ、窮屈で理不尽な思いを抱えている。


 本書では、こうした思いを抱えるバラヤーの女性たちがさまざまな世代で取り上げられ、さまざまな角度から描かれている。そんな女性の筆頭が、兄ピエールを亡くしたばかりのレディ・ドンナだ。


 ヴォル貴族が皇帝に忠誠を誓うことで成り立っているバラヤーでは、貴族の領地や遺産を相続するのは男性のみに限られている。あらかじめ指名してあれば、男性ならば実子でなくても相続人となることが可能なのだが、急逝したピエールは相続人を指名していなかった。


 ヴォルラトイェル領はこれまでレディ・ドンナが兄の代理として切り盛りしてきたにもかかわらず、このままでは以前からこの領地を狙っていたリチャーズに奪われ、古くからの家臣たちも解雇されてしまう。大切な領地を守るために、彼女は思い切った手を打った。


 マイルズが夢中になっているエカテリンも、バラヤー社会で窮屈な思いをしている女性の一人。前作『ミラー衛星衝突』では、彼女は縮こまった生き方を夫に強いられていた。未亡人となり、バラヤーの伯父たちの家で自立しようとする彼女だったが、結婚適齢期の女性が少ないバラヤーでは、周囲が独身女性を放っておいてくれない。喪もあけない内から望まぬ雑音に悩まされる。


 かたやマイルズは彼女に求婚したいと望みつつも、時間をかけて見守るために、あれこれと画策する。だが、あんなに触れ回っていて大丈夫だろうかと思っていたが、案の定やらかしすぎてエカテリンの自意識を傷つけてしまう。登場人物たちの一生懸命さとはうらはらに、こうした騒動が面白おかしく繰り広げられるのが、このシリーズならではの魅力だ。マイルズのクローンの弟マークが金儲けの種となる虫を持ち込むは、エスコバールから来た世間知らずの研究者が暴走するは、政治がらみの中傷に巻き込まれるは、なんともスラップスティックな展開が繰り広げられている。


 領地をめぐって国守評議会に提訴されたレディ・ドンナは、同様の問題を抱えるレネ・ヴォルブレットンとタッグを組み、マイルズやコウデルカ姉妹たちの助けも得て、勝訴に向けてロビー活動を繰り広げる。票の獲得のために繰り広げられる女性たちの活躍が痛快だ。彼女たちには投票権は無いが、女性同士の強固なネットワークと、女性ならではのやり方を駆使して、封建的な男性社会を手の中で操る。中でも圧巻なのがイワンの母親レディ・アリスだ。「評議会では一票にもならない」と一笑に付された彼女だが、実はどうして最強の「隠し戸棚」だ。


 まだまだ遅れた面もあるバラヤーだが、こうしてみると、それなりにバランスが取れてうまく回っている。また、外世界から進歩的な価値観が急速に流入していて、人々の意識もどんどん変わりつつある。何より、バラヤーを担う新しい世代のグレゴール、マイルズ、イワン、マーク、ダヴ、といった有能で柔軟な面々が、確実に基盤を固めつつある。先行きいろいろな問題が持ち上がるだろうが、彼らならうまく切り抜けられることだろうと思える。




 下巻に収録されている短篇「冬の市の贈り物」は、ロイック親衛兵士の視点での三人称で語られている。「任務外作戦」でとんだ醜態をさらす羽目になった可哀想なロイックが、汚名を挽回する物語だ。


 今回収録されている二篇はオールキャスト登場といった感があり、懐かしい人々が大勢登場している。「任務外作戦」には『天空の遺産』で活躍したホート・ペルが登場しているし、「冬の市の贈り物」では、エレーナ・ボサリとアード・メイヒューも登場する。また、タウラもバラヤーまでやってきて、ドレスアップした姿を披露し、活躍する。彼女は先行きが短いだけに、束の間でも幸せな様子が見られてうれしい限りだ。