『宙の地図』(上・下)

あらすじ

1829年、地底への入口を発見すべく南極探検船がニューヨークを出港した。だが南氷洋で船は氷に閉ざされてしまう。折しも奇妙な飛行物体に乗って現われた怪物が探検隊を襲い、死闘が繰り広げられる。そして約70年後の1898年、小説『宇宙戦争』を発表して大好評を得たH・G・ウエルズのもとを、ロンドン警視庁特殊捜査部の特別捜査官クレイトンが訪れる。小説と同じ飛行物体が出現した現場に来てほしいというのだが……

カバーより

あらすじ

飛行物体からは三本脚の戦闘マシンが現われ、周囲を破壊する。ウエルズ、クレイトンは、資産家の娘エマと彼女を愛する男とともにロンドンへ行くが、街は何体もの戦闘マシンに攻撃され、『宇宙戦争』さながらの壊滅状態に陥る。追いつめられた彼らは、下水道に逃げ込んだ。しかし、そこで想像を絶する事実を知ることに! 感動的な愛、息詰まる冒険、予測不能の巧妙な展開。大反響を巻き起こした『時の地図』の待望の続篇

カバーより

 『時の地図』(感想はこちら)の続篇。今回もSFの父 H・G・ウエルズが、アクション映画の主人公も顔負けに大活躍する。『時の地図』ではウエルズ作の『タイム・マシン』が取り上げられていたが、今回取り上げられているのは『宇宙戦争』だ。彼の小説を真似たかのように、火星人が地球に攻めてきて大虐殺を繰り広げる。


 ウエルズの時代ならいざ知らず、いまどきこんな設定でSFを書いたら陳腐になってしまいそうなものだ。ところがこの作品はそうはならず、感動的なエンターテイメントに仕上がっている。これがこの作者のすごいところだ。また、前作の登場人物たちが何人も再登場していて、彼らの後日譚も楽しめる。しかもこれらの物語は、前作で種明かしされた裏事情があるのに、それを全く知らない人物の手記で語られる。思いっきり誤解したまま描かれているのが面白い。


 火星人を見たと言い張る男に連れられて、酔った勢いで自然史博物館に忍び込んだウエルズ。鍵のかけられた部屋にはインチキくさい品々が並べられていて、それらに交じって巨大な円盤と櫃に入った奇妙な生命体の屍骸が置かれていた。ところが、ウエルズがここに来たことが、後に人類の危機を招いてしまう。


 そのおよそ70年前、レイノルズは南極大陸を探検するアナワン号に乗り込んでいた。出資者を募ってこの南極までやってきたレイノルズは、地球の内部に未発見の大陸があり、そこへの入り口が南極にあると信じていた。しかし、アナワン号は氷に閉ざされ立ち往生してしまう。そんなアナワン号の乗組員らが発見したのが、後にウエルズが対面することになった火星人だった。レイノルズは火星人と対話しようと試みるが…。彼らの冒険も、かなり面白くて楽しめる。また、読者サービスも巧みにしかけられていて、驚かされることうけあいだ。


 さらに物語はウエルズの時代に戻り、エマとギルモアの恋の駆け引きに移り変わる。あの手この手でエマの気を惹こうと試みるギルモアを断るために、エマはある要求をつきつけた。それは、発表されたばかりの小説『宇宙戦争』を実現させて、世間にそれが真実であると信じさせてみせろというものだった。


 ところがこれが現実となってしまう。ウエルズが描いたとおりの場所に火星人のトリポッドが現われて、大虐殺が始まった。ウエルズは、エマとギルモア、謎の特別捜査官クレイトンたちと連れ立って、ロンドンをあちこち逃げ惑うはめに。はたして人類は火星人の襲撃から逃れられるのか。


 今回、ウエルズはひとりで大奮闘だ。あまりの奮闘ぶりに、最後のあたりでは気の毒になってしまうほどだ。責任は非常に重いし、本来の生き方とは異なる生き方をせざるを得ないし、そのうえなんと孤独なことか。しかも自分の生まれ育った場所が本当はどこだったのかすらわからない。すべてのことを見通しながら、向こうは知らない友人たちの幸せを願って、ひっそりと見守るラストは感動的だ。


 登場人物たちの愛し合う姿には、真実の恋は確かに存在することを信じさせるだけの説得力がある。この説得力こそがフィクションの持つ力だ。その象徴が、タイトルにもある『そらの地図』だ。想像力が豊かで知的なエマの曾祖父は、娘に夢を見る力を贈ろうと、この地図を描いた。代々伝わりやがてエマのものとなるその地図には、真実とは異なるけれど、ほのぼのとした美しい空想の宇宙の様子(サギにまたがる異星人とか)が描かれていて、悲惨な状況の中で希望を与える力がある。この物語では、こうしたフィクションの持つ力そのものがテーマとなっていて、遠い未来や異星人との戦争を描いてみせた作家ウエルズに、捧げるにふさわしい物語となっている。


 読み終わってみて、クレイトン捜査官があまりによくわからないまま終ってしまったなぁと思ったら、あとがきに次の作品への言及があった。次回のモチーフは『透明人間』で、ちゃんとクレイトン捜査官の秘密も解き明かされるそうだ。楽しみである。などと書きながらパラパラ読み直していたら、ある考えに思いいたった。右手が義手だし、これははたして、もしかすると…?