『影の王国』

  • 著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド
  • 訳者:鍛治靖子
  • 出版:東京創元社
  • ISBN:9784488587062
  • お気に入り度:★★★☆☆
    あらすじ

    聖王の第三王子が死んだ。手篭めにしようとした侍女に殺されたらしい。遺体を都に運ぶため派遣されたイングレイは、殺人者だという美しい娘イジャダを見て驚愕する。彼女は古代ウィールドの戦士のごとく、豹の精霊を宿していたのだ。自らも狼の精霊を宿すイングレイは彼女に興味を抱く。ヒューゴー、ネビュラ、ローカス賞受賞の『影の棲む城』に続く“五神教シリーズ”第三弾。

    カバーより

あらすじ

イジャダの護送中、イングレイは何度も彼女を殺そうとする。だがそれは彼の意志ではなく、何者かが植えつけた呪だった。だれが、なぜイジャダを亡き者にしようとしたのか。さらに王女の夫であるイングレイの従兄弟ウェンセルにも獣の精霊が憑いていることが判明。自分たちのような存在が、なぜ三人も揃ってしまったのか。折しも都では聖王の病が悪化していた。

カバーより

 五神教シリーズの第三弾。前の二作『チャリオンの影』(感想はこちら)、『影の棲む城』(感想はこちら)とは国も登場人物も全く異なる独立した物語だ。


 舞台となっているウィールドの王国は、進攻してきたダルサカ軍に400年前に破れ、属国とされた。その後自治権はとりもどしたものの、古代ウィールドで行われていた獣を使った魔法は今では禁忌とされ、ダルサカで信仰されている五神教にとって変わられた。この、二つの宗教をめぐって繰り広げられる物語だ。


 ウィールドの聖王の病が悪化しているさなか、その息子のひとりボレソ王子が殺された。主人公のイングレイは、遺体の搬送と囚人の護送のために東都より派遣された。


 王子を殺害した囚人イジャダを見たとたん、彼女を殺そうとする強い衝動にかられ、これを抑えつけたイングレイ。彼には子供の頃に忌まわしい過去があった。父親が禁忌とされた儀式を行い、何らかの不測の事態の結果、狼の精霊がイングレイに取り憑いたのだ。拷問にも近い苦行のすえに狼を抑え込む方法を取得して、彼は神殿からも赦免されていた。イジャダを殺害しようとしたのは、この狼の精霊の仕業ではないかと疑うイングレイ。


 一方、イジャダには豹の精霊が宿っていた。ボレソ王子はイジャダを儀式の生け贄にしようとして抵抗され、結果的に豹の精霊はイジャダに宿った。イングレイはイジャダを殺そうとする衝動を何度も抑えつけながらも、彼女に強い結びつきを感じる。


 イジャダを心配して駆けつけた魔術師神官のハラナは、イングレイの衝動は狼の精霊の仕業ではなく、何者かに呪をかけられたためだと指摘した。イングレイとイジャダは、何者かの仕組んだ陰謀に否応無く巻き込まれてゆく。


 動物の精霊を使う古代ウィールドの魔法と、庶子神などの神が登場する五神教との違いがちょっとわかりづらい。とくにそれらに関わる職業が、巫師、魔術師、聖者などといくつか入り交じっていてわかりにくい。設定が少し複雑すぎるのではないだろうか。面白いのだが、会話の中にこうした設定の説明が折込まれていたりするので、状況が把握しづらかった。


 気に入ったのが、ファラ王女が怒りの鉄槌をくらわせるエピソードだ。権力を手中に収めんと膨大な時間をかけて練られた計画が、女心を軽んじたがために、正念場でへし折られてしまうのだ。実に痛快な一撃だった。恋する乙女の積もりに積もった恨みと、男性と女性との価値観の違いがよく現われていて、さすがビジョルド女史と拍手喝采したいシーンだった。


 ストーリーも面白いけれど、登場人物たちもいずれも個性的で印象にのこる。自信にあふれる美しきイジャダも魅力的だが、脇役陣も負けてはいない。妊婦のハラナは強烈だし、氷熊を引き連れたあけっぴろげなジョコル王子も魅力的だ。彼ら一人ひとりの活躍する物語も読みたいくらいだ。思えば、シリーズ第一弾に登場したくたびれたおっさんのカザリルも、とてもいい味を出していた。こうした魅力的なキャラたちが一作限りで終ってしまうのは、なんとももったいない気がする。