『シップブレイカー』

あらすじ

石油資源が枯渇し、経済社会体制が激変、地球温暖化により気候変動が深刻化した近未来アメリカ。少年ネイラーは廃船から貴重な金属を回収するシップブレイカーとして日々の糧を得ていた。ある日ネイラーは、超弩級のハリケーンに蹂躙された後のビーチに、高速船が打ち上げられているのを発見する。船内には美しい黒髪と黒い目をした少女が横たわっていた……。『ねじまき少女』でSF界の頂点に立った新鋭が描く冒険SF

カバーより

 バチガルピ作のジュブナイル。子供向けなので、邦訳された他の作品よりは希望が持てるし、救いようの無さもそれなりに抑えられている。とはいえ、身につまされるほど世知辛い未来像だ。食料やエネルギーはひっぱくし、貧富の差は激しい。主人公ネイラーがシップブレイカーとして働くブライト・サンズ・ビーチの一帯は、とりわけ貧しい地域だ。その食料事情は、この一言でよくわかる。

「くそ、ここのやつらは傷んでない肉を食べてたってこと?」
P115より

こんな状況では、子供だって働かなければ生きていけない。


 シップブレイカーとは、沈没船の解体作業をする労働者。ネイラーのような身体が小さな子供たちは狭いすきまに入れるため、銅線などの軽いものの回収を割り当てられている。しかし沈没した船の入り組んだダクトの中は危険で、うっかり変なところに入り込んでしまうと、外に出られず水死してしまうこともある。作業は危険で、おまけに子供たちにはきついノルマが課せられている。


 ひときわ大きな嵐が通り過ぎた後、ネイラーは高価なクリッパー船が難破しているのを見つけた。信頼できる友達で、シップブレイカー仲間でもあるピマと船内を探検してみると、その船は信じられないほど豪華だった。ネイラーたちにとってはとんでもないお宝で、これを回収すれば大金持ちになれる。


 しかし、船室には少女が倒れていて、まだ生きていた。彼女を殺してチャンスを活かし大金をつかむか、彼女を助けるか、選択肢を突きつけられるネイラーたち。ジュブナイルだというのに、こうした葛藤を描いているところが、さすがバチガルピだ。おりしも、危険きわまりないネイラーの父親たちまで船を見つけ、こちらに迫ってきていた。


 ネイラーの父親は、酔っぱらってはネイラーを殴るし、凶暴で人を殺すこともなんとも思っていない危険な人物。とはいえ、血のつながりは理屈ではないものがあり、ネイラーは父親との関係で大いに悩まされる。ネイラーに母親はいないが、その分ピマの母親サドナは面倒見が良く、この母娘が善良なのが救われる。


 超金持ちで、少し高慢ちきな美少女ニタと出会ったことで、ネイラーにはこれまでの人生とはまったく異なる新しい世界への可能性が開けるが、それらが本当に彼の未来につながっていくのかは疑問が残る。いずれは現実の厳しさを思い知らされるのではないかという気がする。しかも大人への通過儀礼となる出来事はかなり重い。ジュブナイルでこれはきついと思うのだが。


 とはいえ、他の作品に比べると、ちょっぴり未来に希望が持て、正義や善悪というものがちゃんと存在する世の中だとちょっぴり信じられる、そんな作品だった。ただ、毒が無い分バチガルピの魅力の面では少し印象が薄いかもしれない。