『ミラー衛星衝突』(上・下)

あらすじ

惑星コマールのミラー衛星に貨物船が衝突、七個の衛星のうち三つを破壊してしまった。破壊工作だとしたら、いったい何のために? 地球化事業省に勤務する夫をもつエカテリンは、調査のためにバラヤーからきた皇帝直属聴聞卿の伯父の同僚を見て仰天した。九歳の息子と同じほどの身長。前摂政の世継ぎだというマイルズ・ヴォルコシガンはミューティーなのか。人気シリーズ最新刊。

カバーより

あらすじ

バラヤー皇帝とコマール女性との結婚を前に、コマールでミラー衛星の事故が。原因究明のため同僚と現地を訪れたマイルズは、彼の姪エカテリンの家に滞在することになる。ところが地球化事業省に勤める彼女の夫の様子がおかしい。疑念を胸に抱きつつも彼女に惹かれるマイルズ。だが彼の気持ちをよそに、コマールでは陰謀が進行していた。マイルズは事態を収めることができるのか。

カバーより

 待ちに待ってたヴォルコシガンシリーズの最新作。前作の『メモリー』(感想はこちら)が2006年刊行なので、実に6年ぶりだ。ここのところこのシリーズは大人の事情で邦訳がとどこおりがちなので、このシリーズを読んでくれるファンが少しでも増えるよう、まずはシリーズの魅力の紹介から。


 このシリーズの一番の魅力は、何といっても主人公マイルズ・ヴォルコシガンの複雑な性格のおもしろさにある。辺境の惑星バラヤーで生まれ育ったマイルズは、ヴォル(貴族)の血筋に生まれながらも骨が異様にもろく身長も低い。これは胎児の時に母親が暗殺されかけ、それに使われた催奇性のガスによる後遺症のためだ。


 こうしたハンデをマイルズは、持ち前の観察眼の鋭さや頭のキレの良さで跳ね返す。負けん気も強く、口八丁手八丁で周囲を説得し丸めこむ。その手腕は実にあざやかだ。政治的にも機転が利き、彼のおかげでバラヤーは何度も窮地をまぬかれている。父親の七光りで出世したと思われがちのマイルズだが、実際にはこの地位は自分自身の能力で勝ち取ったものだ。


 その一方で、躁鬱気質で偏執的なところもあるマイルズ。躁状態になると手がつけられないほどハイになって突っ走る。たいへん優秀な人物ながら、変な妄想をこねくりまわすことが多く、読んでいてこれがむちゃくちゃ面白い。変なところに潜り込んで何かを見つけてみたり、暇を持て余すあまり軍事基地を一発でダウンさせられる要衝箇所を割りだしてみたり、セキュリティの盲点をついてシステムに侵入し機密書類をのぞき見したりと落ち着かない。とはいえ、こうした好奇心にかられた行為が、バラヤーの危機を直前で食い止めることにつながることもしばしばある。


 バラヤーは、長い間ワームホール・ネクサスから切り離されていた。このため、封建的で政権闘争の激しい独特の社会を築きあげてきた。マイルズはヴォルの中でも皇帝の血筋に近い家系で、現皇帝グレゴールとは親戚でもあり乳兄弟でもある。またマイルズは皇位継承権を持つ一人でもある。父親アラールは宰相だ。マイルズが忠誠を誓うのは皇帝グレゴールであり、バラヤーの国そのものである。だが、他のヴォルたちはさまざまな画策を企むことがあり、こうしたことにマイルズは常に注意を払っている。


 バラヤーをとりまく複雑な事情は、国内だけではない。宿敵セタガンダとはあからさまに仲が悪いし、植民地化したコマールとも何度も衝突が起きている。こうした微妙な状況を、マイルズは何度もくぐりぬけている。


 非常に人間くさい一面もある。『戦士志願』(感想はこちら)では、失恋に悩み、士官学校への入学試験の失敗に悩み、躁鬱気質が暴走した結果、17歳にしてデンダリィ傭兵隊をなりゆきでつくりあげてしまった。ネイスミス提督という偽りのアイデンティティのもとにこの艦隊を率いることになったマイルズは、これをバラヤーに献上し、機密保安庁所属の隠密部隊として活躍することになる。シリーズの大半はこの複雑な二重生活での活躍だ。


 マイルズは痛みや悩みを人一倍かかえていたため、他人の痛みにも敏感で思いやり深い。特に弱いものや女性には優しく紳士的だ。特に「喪の山」や「無限の境界」には、マイルズのそんな一面がよく現われている。そしてなぜかしょっちゅう手をひらひらさせている。こうしたヒーローとはほど遠い悩みや癖や妄想が、マイルズの活躍を引き立て、マイルズを愛すべきキャラクターにしていると思う。




 さて、本作『ミラー衛星衝突』は原題『Komarr』で、これまであとがきなどで『コマール』(仮題)として紹介されていた作品だ。原題からもわかるように、舞台はバラヤーの植民地コマールだ。バラヤーはワームホール・ネクサスのどんづまりにあり、世界へとつながるワームホールがコマールにあったため、これを確保しようとバラヤーはこの惑星を植民地化した。


 こんなコマールが舞台なのでさぞや政治的な内容なのだろうと思いきや(確かにその通りではあるのだが)、実際には物語のメインはマイルズの恋愛についてであった。とはいえ、このシリーズ、マイルズは四六時中恋に落ちては妄想にふけっている(笑)。『戦士志願』では初恋のエレーナにふられ、「迷宮」では人体改造された兵士タウラをくどき、「無限の境界」では赤毛の兵士を救えず落胆、『親愛なるクローン』では部下のエリ・クィンといちゃつき、『天空の遺産』では宿敵セタガンダの貴族に恋して報われなさに悩んでいる。そして今回のお相手は、ヴォルの既婚者エカテリンである。


 物語の多くはエカテリンの視点で進められる。


 バラヤーのヴォル(貴族)の生まれのエカテリンは、夫と息子の遺伝的な病気のことでずっと悩んでいた。治療すれば治せる病気ながら、夫ティエンは遺伝子の欠陥を恥じて治療しようとしないし、息子にも診断を受けさせようとしない。バラヤーには遺伝的な奇形をミューティと呼んで忌み嫌う風習が少し前の時代まであったためだ。


 病気が判明してからは、ティエンは仕事を転々とし、移転を繰り返してきた。そのためエカテリンも息子も親しい友達を作れない。エカテリンは趣味の園芸も断念した。また、彼女が誰かと親しくすること自体もティエンは嫌がっていた。現在の職場である地球化事業省にはティエンは比較的長く勤めているが、閉塞的な結婚生活にエカテリンは疲れていた。


 そんなとき、バラヤーから二人の聴聞卿がやってきて、彼女の家に泊まることになった。日照エネルギーの足りないコマールでは、これを補うために7つのミラーからなるミラー衛星が回っていた。これに貨物船が衝突するという事故が起き、ミラーの半数が破損してしまったのだ。おりしもバラヤー皇帝のグレゴールとコマールの女性との結婚がもうじき控えている微妙な時期だ。この事件を調べるために、バラヤーから二人の聴聞卿が派遣された。一人は彼女の伯父ヴォルシス、もう一人は前作『メモリー』で聴聞卿となったマイルズだ。


 事故現場の残骸の回収を待つ間、ティエンは二人の聴聞卿を職場である地球化事業省に案内する。ミラーの破損は、地球化事業省の計画にも大きな影響を与えるからだった。特におかしな点はなかったものの、その後事故現場から回収された遺体の身元は、この地球化事業省の元職員だった。おなじく元職員の女性とかけおちしたらしき彼に何があったのか。


 今回の物語は普通の女性の視点から描かれているのが面白い。マイルズの母親やデンダリイ隊のエリ・クインを主人公にした作品はあったが、二人はたくましすぎてあまり普通の女性とは言えなかったので。作者は『死者の短剣』のシリーズでも、家庭的なフォーンを主人公に物語を描いていた。今回その感覚をこのシリーズにもそのまま持ち込んだ感じだ。


 エカテリンを主人公とすることで、女性と男性の感覚のギャップが描かれているのが面白い。マイルズは何人もの女性たちにまったく同じアクセサリーを買おうとしてエカテリンに止められたり、不要な時にうろうろしているくせに必要な時にはいないと怒られたりする。こうしたエピソードは女性なら「まったくね」とおおいに共感できるものだ。もっとも、意気揚々と助けに来たのに怒られてしまってちょっと可哀想ではあったが。


 次作の『シヴィル・キャンペイン』(仮題)で、マイルズの恋ははたして成就するのだろうか。こんな調子では次作が翻訳されるのがいつになるのかわからないが、せめて2年以内くらいには発売されるといいな。

〈ヴォルコシガン・サガ〉作品リストはこちら

http://atori.hatenablog.com/entry/20011009/p1