『グリムスペース』

あらすじ

異空間グリムスペースを利用する超光速航法は、人類を旧地球オールド・テラから銀河の彼方へと進出させる原動力となった。だがグリムスペースを航宙するには、特異なJ遺伝子を持つジャンパーが不可欠であり、彼らは巨大企業複合体ファーワン社が独占していた。不慮の着陸事故にあい、医療施設に監禁されていた第一級のジャンパー――シランサ・ジャックスは、マーチと名乗る謎の男に救出され、やがて銀河を揺るがす巨大な悪に立ち向かうことに……

カバーより

 やっと本格的な海外SFが読めるかと期待して購入。悪くはなかったのだけれど、もう一歩広がりが欲しかった。主人公があちこちで様々な冒険に巻き込まれるのだけれど、それだけで終わってしまっているのがちょっと残念。もっと、グリムスペースの根幹を揺るがすような予想を超えた驚きが欲しかった。


 タイトルともなっている〈グリムスペース〉は通常とは異なる空間で、距離をたわめることができるようだ。この異空間を航行するには、ナビゲーターとしてJ遺伝子を持つジャンパーが必要となる。目標として設置されているビーコンは、J遺伝子を持つ者が感知することができるのだ。パイロットはこのジャンパーとウェットウェアで繋がれている。グリムスペースにジャンプ・インしたジャンパーは、目的地近くのビーコンを目印に、宇宙船を通常空間へとジャンプ・アウトさせる。しかし、ジャンパー達は皆、通称コープと呼ばれる巨大複合企業ファーワン社と契約を結んでいて、1社での独占態勢となっていた。


 主人公のシランサ・ジャックスも、コープと契約する優秀なジャンパーだった。けれども、彼女のジャンプで大きな事故が起こり、80数名もの人びとが亡くなっていた。彼女の恋人でパイロットだったカイもその一人。事故後、ジャックスが医療施設に監禁されているところから物語は始まる。治療という名目で監禁されていたジャックスの元へ、見知らぬ男マーチが現れ彼女を救出する。事故のトラウマを抱えながら、ジャックスはマーチをパイロットに宇宙船をジャンプさせ、コープの追跡を逃れる。そしてマーチ達の組織が企てていた計画を手伝うことになり、行動を共にする。


 何だか読みづらいと思ったら、現在進行形で書かれていた。スピード感と臨場感は増すように思うけれど、慣れていないので少し読みづらい。冒頭で物語に入り込めず、途中で戻って最初から読み直すことになった。現在読んでいる『ネジ巻き少女』も、現在進行形で書かれている。最近流行している書き方なのかもしれない。ツイッターなどの浸透により、状況を後からまとめてではなく、その場その場で実況中継する機会が増えて来た。これが主流となってくると、小説も現在進行形で書く方が自然なのかもしれない。


 雰囲気は各章で大きく異なっている。惑星が異なっていたり、登場人物が異なっていたりするので、長篇というより、元は短篇として書かれたものを長篇にリライトしたかのようだ。様々な地球外生命体も登場する。知的種族もいて、人間社会に溶けこんで生活している種族もいれば、人類を食餌とみなす種族もいる。うっかり異種族の親代わりになってしまうというエピソードもある。バウンティ・ハンターとして登場するスライダーが、奇妙な特技を持った種族で面白かった。もっとも、この特技はどう考えてもすぐにばれそうだと思うのだが…。このように様々な種族が次々と登場するのは、スペースオペラの醍醐味だろう。


 とはいえ、この作品も『闇の船』(感想はこちら)同様、メインは恋愛ものだった。こちらの方がキャラのアクが強くて熟年カップルなので、『闇の船』ほど薄っぺらい感じはしないし、そこまでうんざりせず読める。だが、ラストのマーチの突っ走りぶりには、いいおっさんが自暴自棄過ぎるだろうと呆れてしまった。ここまで恋愛色を出さなくてもいいと思うのだけれども。SFの部分がしっかりしていればそれでも良いのだけれど、スペースオペラで恋愛がメイン、しかも熟年カップルというのは、ニーズが狭いような気がする。


 それに何より、3.11で世界は大きく変わってしまった*1ので、もう、こういったテーマでは響いて来ない。グリムスペースにしろ何にしろ、人間が自然界の事象を全て理解し制御できるなんて幻想は、すっかり崩れ去ってしまった。〈星の道〉を延ばし、異種族とも共存でき、立ち塞がる問題は巨大企業の隠蔽のみ、なんて世界観がもう信じられない。

*1:実際には、変わったのは世界ではなく、世界を認識する私たちの受け止め方だろうけれど