『天空のリング』

あらすじ

人類とAIが融合した〈共同体〉の突然の崩壊により荒廃した世界を立てなおしたのは、統制府が創造した二人〜五人の集団――小群(ポッド)だった。彼らは匂いで会話し、手首のパッドに触れ合うことで記憶や感情を共有し、まるで一人のように行動する。アポロ・パパドプロスもそうした小群(ポッド)の一組だった。二人の少年と三人の少女からなるアポロは、外宇宙探査船の船長をめざし、過酷な訓練を続けていたが……ローカス賞に輝く衝撃作!

カバーより

 ネットワークに接続していた〈共同体〉と呼ばれる60億人もの人びとが一斉に消えてしまった後の世界を描いたSF。赤道の静止軌道上には彼らの建造したリングが残され、そこに上がるための軌道エレベーターも誰も入れないまま打ち捨てられていた。


 この激変を生き延びることができたのは、遺伝子改変された小群ポッドと呼ばれる人びとだった。彼らは、固定化された何人かで感情と記憶を共有することができ、数人でまるで一人の人間のように機能する。主流は二人から三人のポッドだが、ほんの少数ながら五人のポッドも存在する。


 主人公のアポロ・パパドプロスはそんな五人ポッドで、宇宙船の船長を目指して訓練中。アポロを構成しているのは、力と戦闘担当のストロム、交渉担当のメダ、数学・物理を視覚的に理解するクアント、物がつかめるように足を改造されている作業担当のマニュエル、良心担当のモイラ。


 物語は彼らが順番に一人称で語っていく形式をとっていて、これがなかなか効果的だ。構成している一人ひとりの性格や考え方が次第にわかっていくと共に、物語が進行する。後の方では五人一組のアポロとしての一人称(?)でも語られていて、「個であり集団でもある私」という面白さを表現している。


 感情と記憶の共有を、フェロモンを発散して匂いで行っているあたりが面白い。また、掌を触れ合わせることでも共感できる。彼らの間には決まった並び順があり、異なる順番で並んでいると結論まで異なる場合がある。


 集団が個としてのアイデンティティを持つというアイデアは面白いのだけれど、現実的に考えるとかなり無理が出る。とりわけ、宇宙空間での作業は難しい。宇宙服を着ていると掌による意思疎通はできないし、フェロモンも使えない。それ以前の問題としても、部屋や乗り物がやたらと大人数に対処しなければならないのが不便そうだ。五人ポッドが二組あれば、それだけで10人だ。これではデートもままならない。


 とはいえ、登場人物達が活き活きしているのが読んでいて面白いし、何より、彼らが自分たちの特殊性を活かしながらこの世界の謎に迫り大きく枠組みを組み替えていくという、SFの王道そのものなのがいい。ラストは少し尻切れとんぼな気もするが、元々はストロムの章のみの短篇だったものをここまで長篇化しているし、彼らを主人公とした別の短篇*1もあるそうなので、今後の話ももしかすると書かれることがあるかもしれない。


 本編とはあまり関係ないのだけれど、個人的には植樹のシステムが面白かった。広大な畑が数日で一斉に緑に茂る様子は見応えがありそうだ。

*1:本編でも触れられている、アヒルのポッドを作ったというエピソード