『天空のリング』
- 著者:ポール・メルコ
- 訳者:金子浩
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150117719
- お気に入り度:★★★★☆
ネットワークに接続していた〈共同体〉と呼ばれる60億人もの人びとが一斉に消えてしまった後の世界を描いたSF。赤道の静止軌道上には彼らの建造したリングが残され、そこに上がるための軌道エレベーターも誰も入れないまま打ち捨てられていた。
この激変を生き延びることができたのは、遺伝子改変された
主人公のアポロ・パパドプロスはそんな五人ポッドで、宇宙船の船長を目指して訓練中。アポロを構成しているのは、力と戦闘担当のストロム、交渉担当のメダ、数学・物理を視覚的に理解するクアント、物がつかめるように足を改造されている作業担当のマニュエル、良心担当のモイラ。
物語は彼らが順番に一人称で語っていく形式をとっていて、これがなかなか効果的だ。構成している一人ひとりの性格や考え方が次第にわかっていくと共に、物語が進行する。後の方では五人一組のアポロとしての一人称(?)でも語られていて、「個であり集団でもある私」という面白さを表現している。
感情と記憶の共有を、フェロモンを発散して匂いで行っているあたりが面白い。また、掌を触れ合わせることでも共感できる。彼らの間には決まった並び順があり、異なる順番で並んでいると結論まで異なる場合がある。
集団が個としてのアイデンティティを持つというアイデアは面白いのだけれど、現実的に考えるとかなり無理が出る。とりわけ、宇宙空間での作業は難しい。宇宙服を着ていると掌による意思疎通はできないし、フェロモンも使えない。それ以前の問題としても、部屋や乗り物がやたらと大人数に対処しなければならないのが不便そうだ。五人ポッドが二組あれば、それだけで10人だ。これではデートもままならない。
とはいえ、登場人物達が活き活きしているのが読んでいて面白いし、何より、彼らが自分たちの特殊性を活かしながらこの世界の謎に迫り大きく枠組みを組み替えていくという、SFの王道そのものなのがいい。ラストは少し尻切れとんぼな気もするが、元々はストロムの章のみの短篇だったものをここまで長篇化しているし、彼らを主人公とした別の短篇*1もあるそうなので、今後の話ももしかすると書かれることがあるかもしれない。
本編とはあまり関係ないのだけれど、個人的には植樹のシステムが面白かった。広大な畑が数日で一斉に緑に茂る様子は見応えがありそうだ。