『アイの物語』
人間の数が減り、マシンが台頭している未来が舞台。新宿など、都市は荒廃している。かつてヒトとマシンの間に戦争があったという噂が人々の間には流布していて、人間はマシンを警戒している。主人公の「僕」もそんな一人。この時代の人間にしては珍しく文字が読める。あちこちのコロニーを訪れては、語り部として物語を聞かせている。
ある日主人公はアンドロイドのアイビスと出会う。ケガをした主人公が入院する傍ら、アイビスは彼に物語を読み聞かせる。主人公がマシンのプロパガンダを警戒していたため、アイビスは真実の歴史は話さないと約束した。読み聞かせるのは20世紀末から21世紀初頭に人間によって書かれた架空の物語のみ。それらはアンドロイドやAIが登場する物語だった。
これが、期待以上に良かった。アンドロイドやAI達の描かれ方が良い。人間とは全く性質の異なるものとして描かれている。その突き放し方が良い。変に擬人化するでもなく、恐怖を煽って敵にするでもなく、全く違うものとして扱っている。
人間の側からは、アンドロイドを人間扱いすることでアンドロイドが人間らしくふるまうようになるのではないかと期待するシーンもある。しかしアンドロイド側はそれを否定し、間違っていると切り捨てる。アンドロイドの情動は人間とは異なる。人間のように、論理的に明らかに間違っている判断に捕らわれることもない。そしてアイビスは、異なるものを異なるものとして許容するよう訴える。
私たちはヒトを真に理解できない。ヒトも私たちを理解できない。それがそんなに大きな問題だろうか?理解できないものは退けるのではなく、ただ許容すればいいだけのこと。それだけで世界から争いは消える。
それがiだ。p544より
果たして、人間のゲドシールド*1は破ることができるのか。
もう1つ主張しているのは、物語の持つ力についてだ。真実かどうかに関係なく、優れたフィクションはそこに価値を見いだせる。場合によってはそれは、事実よりも強い力がある、とアイビスは説く。主人公は語り部としてそれに納得するし、おそらく読者もそれに納得する。フィクションを好きな私にとっても、それには同感だ。
ところで、アンドロイド同士の会話が、わけがわからず面白い。
〈パラクル(-2-8i)。私は月の出の前にディノアミの余地を残せない。一滴のものが青い皮膚の下にない。なぜならNUI道はフランケンシュタイン種類で広がっているから〉
アダリー達は黙ってうなずいた。ハービイのジレンマ*2があるかぎり、この問題を解決できないのは、もはや誰の目にも自明だ。
〈だから?〉
〈私はファーリーにして6E。残酷な鉤爪。血液の輝きを失う〉P509より
人間にわからないよう、二次、三次比喩など使って会話したり、感情の強さを数値(iは虚数)で表したりしているので、さっぱりわからない文章となっている。こういう感じの文章を、私は割と好きだ。『フィネガンズ・ウェイク』、『テラプレーン』、『アッチェレランド』など、海外の訳しにくい作品の翻訳はたびたび話題となるが、きっとこの作品がどこかの国で出版されようとすると、翻訳者は苦労することだろう。
収録作品
- 第1話 「宇宙をぼくの手の上に」
- スタートレックネタのリレー小説を書くネットサークルの話。小説の中にサークルメンバーへのメッセージが込められていて、小説にメッセージを込めた交流が描かれている。その創作された小説の中にAIが登場する。
- 第2話 「ときめきの仮想空間」
- 仮想空間で声をかけられ、ときめく少女の話。ゲームをバーチャルで体験できる〈ドリームパーク〉でデートし、現実の自分とは異なるアクティブなキャラを演じて勇気を出せたことから、現実世界でも勇気を出そうと試みる。
- 第3話 「ミラーガール」
- おもちゃのAIを友達として、長年会話しコミュニケーションをとり続けてきた少女。大人になってもそのおもちゃのAIを大切にしていた。彼女が育てた反応モデルを元に対話を繰り返し、自意識を持ったAIが生まれる。
- 第4話 「ブラックホール・ダイバー」
- 第5話 「正義が正義である世界」
- 仮想空間のキャラクターが主人公。ある日メル友から打ち明けられた話の突飛さに驚いた。その世界には正義のヒーローはいないし、全員がメインキャラでリセットもできないのに、人々はお互い殺しあうことがあるという。それもお互いが正義を主張しあって。メル友の世界では、恐ろしいことが進行していた。
- 第6話 「詩音が来た日」