『緑のヴェール』

 『白い果実』(感想はこちら)、『記憶の書』(感想はこちら)に続く三部作の完結篇。最初の巻の発売から実に4年を経てようやく完結した。すでに細かい内容を忘れてしまっているので、もう一度全巻通して読み直したい。


 この巻は、魔物のミスリックスが媚薬を使って、〈彼の地〉を放浪するクレイの様子を見て書き記したものという体裁になっている。クレイの命がけの冒険の合間に、廃墟で暮らすミスリックスの様子が語られる。ミスリックスはウィナウの人々の訪問を受け、ウィナウの街外れで人々と交流を持ちながら暮らしたいというささやかな夢を見る。けれども魔物への風当たりは強い。彼がウィナウの人々に受け入れられるのかどうかということも、この物語の焦点の一つになっている。


 クレイが放浪する<彼の地>の様子が興味深い。幻想的で荒々しく、独創的な世界が広がっている。この世界観は類型的なものではなく、この作家のこのシリーズならではの、一種独特の雰囲気がある。魔物の棲む森、氷に閉ざされた洞窟で見つけた、かつての戦争で亡くなった女性の遺体、植物の人間〈モイサック〉、全身に刺青があり、しゃべらないがあらゆる言語に精通している人々の住む集落、目に見えない襲撃者、巨大な蛇シリモン、時と距離を超越した通い道・・・。〈彼の地〉のSF的なネタの部分は、アレステア・レナルズ著の『火星の長城』(感想はこちら)収録の「氷河」とも通じるものがあるが、雰囲気がまるで異なっている。


 クレイの旅は苦難の連続で、当初お供は犬のウッドのみ。だが、ウィナウを目指して〈彼の地〉を旅するうちに、クレイは仲間を得、家族を得る。タイトルにもなっている緑のヴェールは、かつてアーラがクレイに切り刻まれた顔を隠すために使っていたもの。自己中心的で傲慢だったクレイは、この巻でようやく他人への思いやりを示せるようになってきた。ヴェールは過去のクレイの罪の象徴となっていて、かつてアーラに執着したように、クレイは贖罪の想いに執着している。けれども最後にはようやくそれからも解放され、大切なものをおろそかにしていたことに気が付く。自分の執着や使命より他人から必要とされることを優先できるようになったことで、クレイは人を愛するということをようやく理解できたのだろう。アーラの許しはすでに必要としなかったに違いない。


 どういう事情があったのかわからないが、日本語版の刊行には苦戦したようだ。三部作全体の統一感には残念な部分がある。まず、翻訳のリライトが『白い果実』だけ異なる。いったん日本語にしたものを、さらにリライトして趣を出そうという意欲的な試みだっただけに、リライトする人が途中で変わってしまったのは残念だ。次に、カバー装画が本書だけ今までのイラストレーターとは異なっている。既存の宗教画を使ったようだ。この物語の内容はキリスト教とは関係がないので、この装画では内容を表現できていないと思う。私としては、最初に『白い果実』を本屋で見たときのあのたたずまい(イラストや書体、紙の質感、そしてその中に書かれた独特の世界観)がかなり気に入っていたので、同じイラストレーターではなかったことが残念だ。