『HAMMERED』、『SCARDOWN』、『WORLDWIRED』

あらすじ

生態系の破壊により、地球の寿命はあと200年と言われていた。迫りくる災厄を前に、カナダと中国は宇宙に活路を求め、火星で発見された異星の宇宙船をもとに極秘で星間宇宙船の開発を進めていた。だが、異星技術によって建造された宇宙船のパイロットには、特殊な能力が必要だった! 25年前軍務中に負傷しサイボーグとなったジェニー・ケイシーに目をつけたカナダの極秘チームは、密かに彼女の獲得に向け動き出すが……。

カバーより

 サイボーグ士官ジェニー・ケイシーシリーズ三部作。2006年にローカス賞(最優秀処女長篇部門)を受賞。


 環境破壊が進み、度重なる戦争でカナダと中国以外の国は疲弊してしまっている、そんな状況の2060年代が舞台背景。主人公のジェニーは退役した元軍人。軍に所属していた時に事故に遭い、左腕を失った。軍の思惑で、スチール製の義肢を装着。左目も義眼。また、反射神経を高めるために、脳の強化手術も受けさせられた。この強化手術は適応が難しく、一番うまく適合したジェニーでさえも、退役後も痛みから解放されない。


 ジェニーの地元で、カナダ軍の支給している麻薬ハンマーの粗悪品が売りさばかれていることから物語が始まる。地元マフィアを牛耳るレザーフェイス、地元警官のミッチらが、ジェニーを巻き込んで売人を捜し始めた。さらにジェニーに暗殺者の手が忍び寄る。


 そんなミステリータッチで始まったストーリーはどんどん広がりを見せ、異星人とのファーストコンタクトや、異星人の作った微小機械を応用した技術、それらをめぐって高まる国家間の緊張、人工知性との交流など、盛りだくさんの要素が詰め込まれたSFとして展開する。先の展開が予想がつかず、ストーリーにも起伏があって面白い。


 SF的には、異星人の設定が今までにないパターンで面白かった。外部を観察するには、当たり前のことだけれど観察するための器官が必要となる。ここに登場する異星人は、地球上で発達した生物とはその観察器官が大きく異なっていて面白かった。今までにSFで多く語られて来たような、敵対するのか友好関係を築くのかの二者択一ではない、異なる世界で進化した生物ならではの異質さが興味深かった。


 ストーリーも面白かったが、何といっても登場人物たちの個性の強さが、このシリーズを印象深いものにしている。アニメや映画にすると見栄えがしそうだ。ジェニーはカリスマ性があって潔い。あちこち痛みを抱えていて、老齢な疲労感を漂わせていることが多いけれども、派手に活躍しておいしいところを持って行く。弾丸をくい止めるところの演出など最高だ。ステンレス製の歯を持つレザーフェイスもいい味を出している。三巻目でレザーフェイスからメールが届いた時には、無事を願わずにはいられなかった。ジェニーとその姉妹との複雑な関係も興味深い。姉のバーバラは破天荒で強烈すぎる。


 ジェニーと因縁の深いヴァレンズは、悪人なのかいい人なのかよくわからない複雑な性格で奥深い。ジェニーはヴァレンズを憎みながらも、長い付き合いの中で信頼している。ジェニーとガブとエルスペスの関係は、うまく均衡がとれていて興味をそそられた。こんな微妙な人間関係は女性にしか描けないかもしれない。エルスペス博士の生み出した全人格プログラム<リチャード>の活躍は読み応えがある。果たしてこのように実在の人物の性格がそっくりそのままトレースできるものかどうかはかなり疑問だが、うまく均整のとれた性格だし、何よりリチャードがいたらむちゃくちゃ便利そうだ。詩をたしなむ中国人パイロットのミン=スーは、物語に叙情を与えている。漢詩の盛り込まれたSFは珍しい。しかしそれがなかなか良い感じで、二巻目のラストなどは特に効果的だ。


 そして、派手な性格ではないもののガブの娘たちの活躍には目を惹かれた。この作品は、全体を通じて、若者が自分の身を顧みず世界を救おうとする様子が強く印象に残る。最後のシーンは切なさがこみ上げてくる。