『黄金の羅針盤』『神秘の短剣』『琥珀の望遠鏡』

 ハードカバーで出ていた当初から、面白そうだと目を付けていたファンタジー。映画化されて本屋の店頭にも大量に並べられていたので文庫を購入。『黄金の羅針盤』『神秘の短剣』『琥珀の望遠鏡』の3部からなる冒険ファンタジーで、生き生きとした魅力があって面白い。


 パラレルワールドが扱われていて、異なる世界がいくつか描かれている。『黄金の羅針盤』の主人公ライラの住む世界は、我々の世界とは少し異なる。しゃべるクマがいたり、魔女がいたり、時代が少し遡っていたりと違いはあるが、一番異なっているのは、この世界の人間はみな自分自身の分身ともいえる、動物の姿をした「ダイモン」を持っていること。人間とダイモンの関係は非常に密接で、ダイモンと遠くに離れることはできないし、ダイモンを切り離された人間は死んでしまう。ライラの世界の他にも、車輪のついた奇妙な生き物の住む我々の世界とはまったく異なる世界や、死後の世界、スペクターがたくさんいる世界など、様々な世界が描かれている。


 ライラは、嘘をつくのを得意とするカリスマ性の高いガキ大将タイプの女の子。謎の組織ゴブラーに友達のロジャーを連れ去られたライラは、同じく一族の子供達を連れ去られたジプシャン達とともに、子供達を救うため、北にあるボルバンガーを目指して旅をする。また、鎧グマの支配するスバールバルにはライラの叔父のアスリエル卿が捕らえられていた。ライラは子供時代を過ごしたジョーダン学寮の学長から真理計を手渡され、それをアスリエル卿に届けるために北を目指す。旅の途中、スバールバルを追放された鎧グマのイオレク・バーニソンを助けて友達となる。また、魔女のセラフィナ・ペカーラや気球乗りのリー・スコーズビーの助けも借りながら、執拗に追ってくるコールター夫人の手を逃れて旅を続ける。


 『神秘の短剣』では、我々の世界に住むウィルが主人公として登場し、偶然見つけた次元の裂け目から異なる世界に入り込む。平和そうに見えた世界だったが、このチッタガーゼには子供には見えないスペクターがたくさんいて、大人を襲っては抜け殻の状態にしていた。チッタガーゼはあちこちの世界とつながっている交通の要所で、ライラの世界ともつながっていた。ここでウィルはライラと出会う。ウィルは自分の世界でトラブルに巻き込まれていた。また、子供の頃に行方不明になった父親を捜していた。ライラはまだコールター夫人に追われていたし、ロジャーへの罪悪感を抱えていた。ウィルとライラは互いに助け合い、異なる世界をまたにかけ、困難な旅を続ける。


 登場人物達が印象的で魅力がある。ライラもアスリエル卿もコールター夫人も、やたらとカリスマ性が高く複雑なキャラクター。ライラは嘘つきで、大人達の手に負えない悪ガキっぷり。けれども人を惹きつける魅力があるし、情に厚く、命がけで約束を守ろうとする。また、大きな使命を担っている。アスリエル卿とコールター夫人も知的で華やかで説得力があり、支援者を作る才に長けている。利己的で邪悪なのかと思えばそうとばかりもいえず意外と愛情深かったりと、なんとも不思議な魅力がある。一概に善い人、悪い人と区分けできない複雑な人物達だ。


 ストーリーも面白い。予測のつかない展開が次々に起こり、目が離せない。神に対して反旗をひるがえすという、キリスト教社会には物議をかもしそうな物語。愛をかかげながらも宗教の名の元に愛とはほど遠いことが実行されていることに疑問を投げかけている。それぞれに登場する不思議な小道具も効果的に使われている。ライラの真理計は、心に質問を浮かべると針がたくさんの図形の中から順に指し示し、それによって真実を読み取ることができる。ウィルが守り手となった短剣は、空間を切り、異なる世界への窓を切り開くことができる。メアリーの作った望遠鏡は、目に見えないダストの流れを見えるようにする。ウィルとライラが困難をくぐり抜けて大人になる成長物語だ。