『火星の長城』

 アレステア・レナルズは、『啓示空間』(id:Atori:20070215)『カズムシティ』(id:Atori:20070314)と2冊の長篇を出してきた。どちらも同じ宇宙史に属する物語だった。今回は短篇集で、やはり同じ宇宙史に属する物語が時代を追って収録されている。日本語版では、オリジナルの短篇集には入っていなかった中篇が付け加えられ、2冊に分冊されたそうだ。続篇は12月に刊行予定。今までの長篇は分厚すぎて持ち歩くのに不便だったので、分冊されたことは嬉しい。


 「火星の長城」「氷河」など、クラバインの登場する話が味があって良かった。この宇宙史にはいくつかの勢力があり、中でも脳を改造して一つの精神共同体となった連接脳派と、身体に大幅な改造を加えたウルトラ族が特徴的だ。「火星の長城」では、連接脳派が連合と一触即発の状況にあり、連合の外交官クラバインが連接脳派の指導者ガリアナを説得するために火星に赴く。けれども陰謀により、事態は彼の予測のつかない方へと動き始めるのだった。連接脳派のサバン症候群の少女フェルカとの交流が印象的。クラバイン達3人は、この宇宙史の中で今後重要な役割を果たしていくらしい。


 この宇宙史は、時代が下ると次第に殺伐としてきて、世界観が偏執的でグロテスクになってくる。「ダイヤモンドの犬」は典型的で、スプラッターと人体改造がとどまるところを知らず、行き着くところまでとことん行ってしまう。この世界観、倫理観には辟易するところがかなりあるのだけれど、SFとしての新しさはそれなりにあるので、注目はしている。