『双生児』

 映画『プレステージ』の原作『奇術師』で注目を浴びたプリーストの最新作。英国SF協会賞、アーサー・C・クラーク賞を受賞していたので、SFであることを期待して購入。範疇としては一応SFの部類に入るのだろうけれど、SFを期待して読むと期待はずれとなるかもしれない。どちらかというと、幻想文学とかそのあたりの方が近いのだろうか。まるでエッシャーの騙し絵を小説にしたかのような、トリッキーな作品だ。


 読みやすく分かりやすいエンターテイメント小説を読みたい人には、おそらく向かないだろう。実際、何人かの視点で書かれた同じ場面を読み比べたり、エピソードの起こった日付けを追いながら読まなければ、何が起こっているのかよくわからない。また、書かれていることが少しずつ異なっているので、どれが本当に起こった出来事なのか、わからなくなる。部分部分は面白く、どんどん読み進められるのだけれども、作者が確信犯的にパラレルな構造を作り上げているので、読者は混乱させられる。


 第二次世界大戦中に活躍した、J・L・ソウヤーがこの物語の中心人物。このソウヤーなる人物は、チャーチルの残した文章に登場していたことから、歴史ノンフィクション作家スチュワート・グラットンの興味を引いた。その文章は、ソウヤーが空軍の爆撃隊のパイロットでありながら、良心的兵役拒否者であり、相反することがどうして可能なのかと疑問を投げかけるものだった。この物語は、スチュワート・グラットンが集めた資料で構成されている。


 空軍に属したジェイコブ(ジャックまたはJ・L)・ソウヤーは、グラットンの生まれた1941年5月10日、撃ち落とされ、負傷した。その後、ある重要人物と以前会ったことがあるという事実とドイツ語能力を見込まれて、収容されていた捕虜と面談し、興味深い報告書を作成した。一方ジョーゼフ(ジョー)・ソウヤーは、ドイツから亡命してきたビルギットと結婚し、良心的兵役拒否者として認められ、赤十字で働いた。彼もドイツ語能力と平和への強い信念を見込まれて、ある重要な会議へスタッフとして参加している。二人の果たした役割は、いずれも戦争を大きく左右するもので、その後の将来を決定的に異なるものとしている。


 ところで、異なる世界を描くとき、こちらの世界の誰かを軸にして書くことが多い。読者はその人物の視点を自分のよりどころとして、異なる世界を眺めることができる。例えば『ホミニッド−原人−』(感想はこちら)では、ネアンデルタールが滅びず人間が滅びた地球が描かれていたが、ネアンデルタールの研究者ルイーズの視点を通して向こうの世界の様子が語られていた。『地球間ハイウェイ』(感想はこちら)では、たくさんの並行する宇宙をハイウェイで次々に繋ぐというプロジェクトが描かれていたが、やはりこの地球出身のカイルが軸となっていた。『双生児』は、この常套手段を採ってはいない。だからそもそもの現実自体が一番揺らいでいて危うい。荘子の見る胡蝶の夢のような感じで、作家がはたしてどうなったのか、作中ではいっさい触れられていないそのことが気になる。