『膚(はだえ)の下』(上・下)

 『あなたの魂に安らぎあれ』(感想はこちら)、『帝王の殻』(感想はこちら)に続く三部作完結篇。処女作だった第一作より、20年を経て完結した。作者の作品の中でも集大成と言える力作で、すばらしい出来映え。傑作だと思う。


 特に後半がいい。ぶれのない未来ビジョンがきっちりと提示されている。これはSFとしての重要な役割だ。この世界観は、仏教圏の作家にしか書けないのではないだろうか。慧慈理論の必然性については疑問も残るけれど、そんなところは些細で問題とならない。生きている者のあり方として、シンプルでいいし、何より鳥のイメージが清々しい。


 アートルーパーと呼ばれるアンドロイドの慧慈の視点で物語は描かれている。人間と似ているけれども人間によって創られた存在だ。そんなアートルーパーが、人間とは異なる生き物として、アイデンティティの確立を模索する成長物語だ。冒頭と帯には「われらはおまえたちを創った/おまえたちはなにを創るのか」と書かれている。作品中でも慧慈の教育係の間明(まぎら)少佐は、自分のもとを巣立つ慧慈にこれを問いかける。この作品のメインテーマだ。人間ではないアンドロイドの視点から描くことで、人間に対する強烈な風刺となっている。


 慧慈が生み出された時代、月は破壊され、海もなくなり、地球の大地は砂漠化してしまっていた。国連アドバンスドガード(UNAG)は復興計画を進めていた。地球の人間を皆火星に送り、火星政府のもとで250年間冷凍睡眠する。地球には機械人が残り、250年かけて地球の大地を再生する。アートルーパーがその機械人の監督にあたる。250年後、復興の終わった地球に人間は戻ってくる。これがUNAGの立てた計画だった。*1けれどもそれに賛同せず、地球に残りたがる人々もいた。


 教育をかねた戦闘訓練を積み重ねていた慧慈は、こうした反対勢力のひとつ志貴一族と遭遇し、交戦となった。彼の生活はこれを期に大きく変わり始める。機械人アミシャダイや、軍隊以外の一般人と出会った体験の影響も大きかった。また、UNAGがアートルーパーを実戦に投入することに決定したため、慧慈は破沙空洞市へ配属された。ここは『あなたの魂に安らぎあれ』の舞台ともなった都市だ。ここで他のアートルーパーの仲間も得た。慧慈はアートルーパー全体が、人間とは異なる生き物として、どう生きていくかを模索しはじめる。


 『帝王の殻』では父と子の対立がテーマとなっていた。本作でも同様に慧慈が教官の間明少佐に反発する場面はある。人間とアートルーパーとの関係も、親と子の関係と近い。だが今回は、反発することに無駄にエネルギーを費やし過ぎず、アイデンティティを確立するために行動している。子が親の予測もつかない成長を見せたことで、親子の対立は終わったのかもしれない。


 シリーズとしては書かれた順に読むのがもちろんいいのだろうが、時系列ではこの作品が一番過去に当たるし、独立した話でもあるので、単独でこれだけを読んで、興味が湧いたら他の二作を読むというのもお勧めだ。

*1:250年が経って地球に人間達が戻ってくる話が『あなたの魂に安らぎあれ』、冷凍保存された地球人を抱える火星で起こった危機を描いたのが『帝王の殻』だ