『アンダー』
ハヤカワJAコミックについて書いたついでに、同じくJAコミックから出された『アンダー』の感想も。ただし私が持っているのは小学館PFコミックスの方だ。こちらはすでに絶版になっているようなので、ハヤカワ版の方が手に入りやすいだろう。
森脇真末味の描く漫画は、少女漫画にしては骨太のデッサンだ。また、キャラクターの性格付けがとても独特だ。目立つのは性格の悪いキャラが多いことだ。一癖も二癖もありそうな人物や変わった境遇の人物や犯罪者、利己的だったり、辛らつだったり、こずるかったり、ひねてたり、あまり他の少女漫画で描かれそうもない(少なくとも描かれた当時では)人物像が活き活きと描かれている。これがなかなか味があり、魅力的なのだ。
彼女のそれまでの作品は、それまではSFでないものばかりだった。せいぜいが現実をベースとしたファンタジーくらい。『アンダー』は初めて描かれたSFだった。しかし本格的なSFとしての骨格を持ち、きちんとした世界観の元にしあがっている。もっとも説明されずにそれきりの部分もあるにはあるのだが。
ここで描かれている地球の様子は、現在とはかなり様変わりしている。かつて起きた極ジャンプで地球の地軸が大きくずれ、居住可能な大陸は、氷河の溶けた南極大陸のみだ。大気は放射能で汚染され、人間の住んでいる地域だけなんとか汚染を除去できている。人口は極端に減り、居住可能な地域が少ないため厳しい産児制限による人口管理が行われている。
15歳の少女ノヴァは、父親の再婚相手の子供サラエを愛している。しかしサラエはノヴァを傷つけるような言動ばかり。ある日ノヴァは公園で、サラエとそっくりな顔のサブ・ヒューマンが高熱で弱っているのを見つけた。彼は鋭い犬歯と爪を持ち、うまくしゃべれず犬に似ていたため、ノヴァはドギーと呼び、手当てをする。
圭・マキナリーは天才児プログラムの失敗作だった。しかしある日をきっかけにめきめき天才ぶりを発揮し、中央政府に引き抜かれた。彼には予知能力があり、やがて不動のNo.2へとのし上がる。政治を動かすトップは次々と変わってゆくが、ケイの地位は80年間そのままだった。しかし彼の支払った代償は大きかった。
やがてノヴァの兄サラエの奇妙な生い立ちが明かされていく。見かけを普通の人間に近付けるためにさまざまに手を加えられ、本来の自分を否定し続けられたサラエ。彼が母親から受けた愛情は、過保護に溺愛する類のものだった。反して、自分自身を否定されることなく、ありのままの状態で、ただただ愛情を持って育てられたドギー。同じ遺伝子でも、二人は大きく違ってしまっていた。
「人間らしく しなくちゃな」2巻P182より
と身なりを整えるサラエ。
「おまえはけだものだ」「俺は違う… ―「人間」さ」2巻P191より
と、あらゆるものを憎み、自分自身すら憎みながらサラエは言う。心はすでに人間ではなくなってしまっているのが自業自得ながら哀れだ。
残念ながら、森脇真末味の作品は、これが発表されて以降くらいからあまり見かけなくなってしまった。あの味わい深いキャラクター達に出会えないのは、とても残念だ。
「年をとると いうことは 大切ですな マキナニー」
「たとえば わたし」
あなたに初めて 会ったのは17歳のとき 有名人に会うと いうので 胸は どきどき まいあがり 微笑み かけられれば 顔は真っ赤 挨拶は しどろもどろ ウブでしたね (天才といわれた17才当時)
「それが 今じゃめったな ことでは動じない じじいです」(40年後)
「これが 年をとると いうことです」2巻P105より