『デイヴィー 荒野の旅』
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- 著者:エドガー・パングボーン
- 訳者:遠藤宏昭
- 出版:扶桑社
- ISBN:4594036139
- お気に入り度:★★★★★
本を買う時、選ぶ基準はいくつかある。作者で買う場合が一番多いが、未知の作者の場合、あらすじやあとがき、タイトル、装丁、ざっと目を通した雰囲気などを参考にする。この作品の場合は訳者のあとがきが購入のきっかけだった。訳者は若い頃、この作品を翻訳しかけたそうだ。しかし翻訳が完成する前に出版社の方針が変更となったため、本としての発売がかなわなかったそうだ。途中まで訳された状態のまま長い間眠っていたこの作品は、今回縁があって出版され、日の目をあびることとなった。あとがきには彼の長年の思いがつまっていて、それ自体もひとつの物語となっていた。読んでいると積み重なったその思いが伝わって来るようだ。
物語の舞台は現代から300年後の未来。ニューインやコニカットなどと地名は少し変わっているが、アメリカの州が独立国家として乱立しているようである。文明や技術は大幅に廃れ、多くの人々は文盲だ。支配力の強い宗教が、他の宗教はもちろん、過去の歴史や知識を禁じている。
交通手段も徒歩や人力しかなく、荒野には危険な野生の動物が多く徘徊している。奇形児も頻繁に生まれていて、ミューと呼ばれて忌み嫌われ、見つけ次第殺さなければならない。過去にどういった経緯があったのかあまりふれられていないが、放射能で土地は汚染され、中世時代のような生活を人々はおくっているようだ。
物語は主人公デイヴィーが書き記した本という設定になっている。人類が隆盛を誇っていた時代(つまり現代)の文字を使って当時の人々にあてて書き記したという設定のようだ。デイヴィーの妻ニッキーはニューインの摂政を務めていたディオンの姪にあたり、デイヴィーもディオンを手伝っていたようだ。しかし革命を起こされディオンは敗退し、新天地を求めて出帆したようだ。デイヴィーは航海中の船上でこれを書いている。
子供の頃の思い出や自分の行動の転機となった過去の出来事を書き記すデイヴィーの傍ら、ディオンとニッキーが茶々を入れ、それが注釈として本のあちこちに入っている。執筆中の現在と過去を行きつ戻りつしながら、話題も気の向くままあちこち奔放に飛んでいて、まるで自由気ままなデイヴィーの旅そのもののような書き方である。
デイヴィーは娼婦の子供であったため、国属下僕として育った。彼の子供の頃の出来事に始まって、ミューとの遭遇や旧時代の金色に輝くホルンを手に入れたこと、成り行きで身分をごまかして旅に出る羽目になったことなどが語られている。サムと出会い、旅芸人一座に加わり、革命の一員に加わるまでの彼の人生がつづられている。
これといった華々しい事件やSF的なしかけが特にあるわけではない。しかしじっくりと書き上げられた趣があり、豊かな人間味を感じさる。けっしてへこたれず、ユーモアを忘れず、知性に火をともそうとする主人公デイヴィーの個性や、下ネタ満載ながら洞察的な語り口がとても魅力的である。
おれはデイヴィー。一時、王位にあった。〈万愚の王〉。こいつには知恵がいる。本文より
という書き出しもなかなか良く、小説としての質が高い。