『ミラー・ダンス』(上・下)

あらすじ

マイルズの留守に乗じて傭兵艦隊に潜入した、彼そっくりの偽者―クローンのマーク。特命任務と偽って快速艇とコマンド部隊を手にいれ、ジャクソン統一惑星へ侵攻した。だがマイルズならぬ身、攻略にしくじり、進退きわまってしまう。急遽後を追って戦地に赴いたマイルズだったが、マークたちの救出作戦敢行のさなか、あろうことか敵弾の直撃を受けて…マイルズが死んだ!?

カバーより

あらすじ

蘇生への一縷の望みを託して低温保管機に収められたマイルズの遺体が行方不明に。一体どこへ消えたのか?マイルズの訃報は故国バラヤーにも伝えられ、彼の皇位継承権はマークが引き継ぐこととなる。だが皇位への忌避感から、マークは全力をあげて遺体の捜索に取り組み…機密保安庁に先んじて手がかりを得た彼は、傭兵艦隊の面々を率いて出航する。マイルズ奪還はなるのか?

カバーより

 マイルズ・ヴォルコシガンシリーズの最新刊。このシリーズは書かれた順に邦訳されていないため時代を行ったり来たりしながら読むはめになっているが、邦訳された中では一番未来のものにあたる。『親愛なるクローン』(感想はこちら)の4年後の出来事で、マイルズは28歳である。他の作品の後書などで何度も紹介されてきたため、この作品の内容はある程度知ってしまっていた。また帯や本のカバーにある紹介も少し内容をばらしすぎている。何も知らない状況から読み始めたのでないことが少し残念だ。


 タイトルの「ミラー・ダンス」は、パートナーの動作を真似て踊るバラヤーの宮廷舞踊の一つである。物語の主人公は一応マイルズではあるけれど、マイルズのクローンのマークが『親愛なるクローン』に引き続き登場していて、マークを主役に進められているパートが多くある。この物語は、常にマイルズの影として生きてきたマークが自分自身の自我を確立していく物語なのである。また、取り返しのつかない失敗の贖罪の物語でもある。


 マークの他にも以前登場した人物が多く登場している。舞台が同じジャクソン統一惑星という事もあって、「迷宮」(『無限の境界』(感想はこちら)に収録)に登場していた怪力女兵士タウラをはじめ、各商館のバラピュートラ、リョーバル、フェルといった太閤達が総出演している。


 マークはクローンの売買が合法とされているジャクソン統一惑星で育てられた。ここで取り引きされているクローンのほとんどは、金持ちの老人の脳を若く健康な肉体に移植するために育てられている。しかしマークは少し違っていた。マークはマイルズの父親の敵の依頼で育てられ、ジャクソン統一惑星から引き取られた後は、マイルズとすり替わるために育てられてきた。そのためマイルズの身体的障害に合わせて健全な身体を歪められ、マイルズの性格に成りきる事を要求された。


 『親愛なるクローン』でマイルズとマークは出会った。マイルズは彼に名を贈り、マークは自由を選んだ。しかし他人のアイデンティティを押し付けられて生きてきたマークは、自分のアイデンティティを確立するために何らかの成功を収めたかった。そこで始めたのが、ジャクソン統一惑星のクローンの子供達を救い出すことだった。ヒーローのような自分を夢見て起した作戦だったが、助けに来たマークを見てクローン達が述べた感想は「なんだか茸みたいな人だね」だった(笑)。


 大きな失敗を犯し、マークは自分の力で歩き始める。それまでは苦しいのは自分一人で、他の人は皆何でもでき、死とも無縁だと思っていた。ところがそうではないことに気付く。バラヤーもデンダリー隊も、総力をあげて紛失してしまった冷凍睡眠装置を探すが、いつまでたっても見つからない。マークはようやく、自分の居場所を確保するために自分自身で動き始める。


 多重人格症の扱いが少し都合良く書かれすぎているきらいはあるが、アイデンティティとは何かということがテーマになっていて、考えさせられる。テーマもテーマだけに、これまでの作品に比べて少し重いが、ストーリーもなかなか飽きさせない作りとなっていて楽しめる。ヒューゴー賞ローカス賞を受賞しているが、納得できる作品である。