『グリーン・マーズ』
- 著者:キム・スタンリー・ロビンスン
- 訳者:大島豊
- 出版:東京創元社
- ISBN:4488707041
- お気に入り度:★★★★★
- 著者:キム・スタンリー・ロビンスン
- 訳者:大島豊
- 出版:東京創元社
- ISBN:448870705X
- お気に入り度:★★★★★
火星の開拓をリアルに描いた三部作の内の二作目。『レッド・マーズ』、『グリーン・マーズ』(本書)、『ブルー・マーズ』と続いている。
『レッド・マーズ』では、宇宙船〈アレス号〉に搭乗した100人の科学者〈最初の百人〉が火星に入植し、そこで生活し始める話となっていた。その後火星への入植者は増え、テントで被われた街が築かれる。一方老化処置による長命化が進んだことにより、世界状勢が大きく変わってきた。火星と地球との間に対立が生じ、大規模な革命が起こる。火星を2周半した軌道エレベーターの崩落は圧巻だった。
『グリーン・マーズ』では、火星への入植者が地球からの独立を試みる話となっている。地球ではメタナショナル(巨大化して国家をクライアントに持つ企業)同士がそれぞれ勢力争いをしていて、火星もメタナショナルで構成された国連暫定統治機構に主導権を握られていた。
一方、老化処置を受けた〈最初の百人〉をはじめ、火星への入植者や火星育ちの人々は、あちこちの隠れ里やテントタウンで地球から隠れて暮らしていた。彼らは火星独自の文化を生み出し、窒素で売買する贈与経済システムなどを作りあげていた。また火星の温熱化や惑星緑化にも地球とは違う独自の考え方を持っていて、地球の進める急速で強行なやり方に反対し、火星の自然環境を大切にしながら緩やかに緑化を進めることを望んでいた 。しかし同じ火星に住む人々の中にも考え方の異なる様々なグループがあって、どういったやり方でどの程度まで緑化を進めるかは、常に対立の原因となっていた。
地球のメタナショナルの一つプラクシスでは、代表者フォートが火星のノウハウに目を向ける。彼は資本経済と消費経済は互換できないという新しい概念で世界情勢をシミュレートしていて、資本の無くなりつつある地球に限界を見る。そして環境そのものを一から作りあげて行かざるを得ない火星の人的資本に未来を見い出し、自分の見込んだ社員を火星の地下組織と接触させようと送り込む。
送り込まれたアートは外交に優れた才能を持つ人物で、如才ない調停能力を持っていた。火星のレジスタンスと合流したアートは、主要メンバー達と仲良くなり、火星全体の意識統一を図るため彼らと共に火星の独立を目指して活動し始める。
『レッド・マーズ』でも登場していた〈最初の百人〉のメンバーの、マヤ、サックス、ナディア、アン、また火星生まれの三世のニルガル、地球から来たアートなど、それぞれの視点から一人称的な三人称でストーリーが綴られ、火星の変わりゆく状況が描かれている。そして地球からの独立を目指して奔走するのが、今回の話である。
何といっても文章表現が非常に巧みで美しい。火星の自然の風景も美しく精緻に描かれていてすばらしい。ピンク色の氷や川の流れ、微妙に色調を変えて移りゆく赤い空などうっとりさせられる。また火星に根付きつつある地衣植物類の育っている様子なども、たいへん美しく豊かに表現されている。
冒頭のニルガルのパートが特にいい。ニルガルは、〈最初の百人〉のうちでカリスマ的存在だったヒロコの実験で生まれた体外受精児である。子供時代のニルガルの目を通して、ヒロコの提唱する生きる力「ヴィリディタス」が語られ、その象徴となる色「緑」と科学的なものの象徴となる色「白」のイメージが美しく対比して描かれている。この雰囲気がとてもいいのだ。
また、細部の設定の細かさによるリアリティがこのシリーズの大きな特長となっていて説得力がある。火星の酸素濃度をあげ地熱を上昇させる様々な試みも詳しく語られている。次第に変わりゆく火星の風景は、見てきたかのようである。NASA の火星探査の最新の情報を取材して書き上げられているそうで、人類が地球以外の惑星で生活し始める時代はすぐそこまで迫ってきているという実感がある。また社会情勢や政治情勢も複雑で、大きなうねりをもって歴史が流れていくのを感じさせる。
『レッド・マーズ』では宇宙服を手放せなかった火星の荒々しくむき出しだった地表が、『グリーン・マーズ』では氷点下近くまで暖まり、酸素も増え、植物が育ち始め、水が流れ始めて変化していく。ついには皆、マスク一つで地表に出て行くのだ。人類はそう遠くない未来、こうして地球から進出していくに違いない。