『レッド・マーズ』(上・下)
- 著者:キム・スタンリー・ロビンスン
- 訳者:大島豊
- 出版:東京創元社
- ISBN:4488707025
- お気に入り度:★★★★☆
- 著者:キム・スタンリー・ロビンスン
- 訳者:大島豊
- 出版:東京創元社
- ISBN:4488707033
- お気に入り度:★★★★☆
火星の地表には数多の巨大テント型居住施設が完成し、地球の各国から数千数万の植民者が送り込まれてきた。また人と資源の移送を容易にするため、火星上空の衛星にまで達する人類初の宇宙エレヴェーターの建造も着手される。だがこの星は地球の延長ではない。国連火星事業局と超国家企業体の軛に対抗したいというのが火星の願いだ。そしてある日、革命が勃発した。各地の植民都市が決起し、ついには宇宙エレヴェーターが衛星軌道から落下しはじめた!エレヴェーターは巨大な鞭さながら、赤道上にぐるりと巻きつき、創りあげられたすべてのものを薙ぎ払ってゆく。空前の崩壊劇!
扉より近未来、火星へ植民し開拓していく様子を非常にリアルに描いた、三部作の内の一作目。『レッド・マーズ』(本書)、『グリーン・マーズ』、『ブルー・マーズ』と続いている。
2026年、国連火星事業局(UNOMA)は、100人の科学者を乗せた宇宙船〈アレス号〉を打ち上げた。彼らは火星への最初の移住者で、厳しい選抜審査を受けて選ばれていた。アメリカとロシアの発言権が強く拮抗していて、メンバー構成もそれを反影したものとなっていた。
選抜審査のひとつとして行われた一年間にわたる南極での協同生活から、メンバー間の駆け引きは始まっていた。100人は、四六時中顔を突き合わせているのである。さまざまな力関係や感情のもつれがあり、政治的な思惑もからんでいた。特にロシア側のリーダーのマヤは気性が激しく、彼女をめぐる恋愛関係のもつれもあって、ジョン・ブーンとフランク・チャーマーズは友人同士でありながらも張り合っていた。
この作品は、人間同士のそういった駆け引きや感情、心理的な考察といった部分が細かく描かれていて、等身大の人間のリアルさを感じさせる。三人称で構成された文章だが、章ごとにメインとなる人物が変わり、なかば一人称のようにその人物の視点で描かれている。〈最初の百人〉の中には精神科医もいて、メンバーの性格分析が面白かった。性格を〈安定/不安定〉〈外交的/内向的〉で分類していて、マヤなどは外交的で不安定なタイプとなる。
〈最初の百人〉の地球とのかかわり方もそれぞれだった。地球の決定事項に強く反対するアルカディイ、トランスナショナルと呼ばれるようになった巨大化した地球の企業の顧問を始めたフランクやフィリス、人間の到達する前のそのままの自然を愛し火星の緑化を阻止するために活動し始めるアン。また、ヒロコは火星に定住するための独自の計画を持っていて、密かにそれを実行に移していた。彼女は一種の宗教のように、自分の思想に賛同する者達に大きな影響を与えていて、火星の地で増え広がろうとしていた。
10年が経ち、火星の緑化のための試みは、遺伝子の研究を大きく進歩させた。それにより老化のメカニズムが解明され、老化防止の試薬が開発される。〈最初の百人〉の間でひそかに広まり始めたその処置は、人間の時間に対する在り方を変え、人口が爆発寸前の地球の社会状勢を大きく変えていく引き金となっていった。火星に対する地球の圧力は増し、完成した軌道エレベーターを通って大量の移民が火星へと押し寄せて来始めた。そして革命が起こった。
近未来が舞台となっているため、社会状勢なども実際を踏まえながら詳細に描かれていて説得力がある。様々な緑化や地熱上昇のための試み、困難、課題、火星での生活に伴う避けがたい事故、地球との政治上の対立、メンバー間の恋愛や不和など、植民に伴い直面するであろう様々なことが描かれていてリアルである。現在の延長線上にこういう時代が来るであろうことを感じさせる。
しかし、マヤやフランクなど主な登場人物の何人かが不安定な激しい性格で、少し疲れる。タイトルも『レッド・マーズ』となっているように、その象徴するところの「闘争」がテーマとなっているのかもしれない。革命で起こる大災害も、地表での延命が難しい火星ならではの大惨事で迫力がある。表紙扉にも書かれているが、何せエレベーターが火星を二巻して落ちて来るのである。最近のハリウッド映画にうってつけなので、そのうち映画化されるかも知れない。
SFファンにはうれしいことに、各地につけられている名前が、バロウズ、クラーク、ブラッドベリ等、火星ゆかりのSF作家の名前となっている。実際、月や火星に新しい街に名前をつけるとしたら、SF作家の名前は選ばれそうだ。