『歌う船』

  • 著者:アン・マキャフリー
  • 訳者:酒匂真理子
  • 出版:東京創元社
  • ISBN:4488683010
  • お気に入り度:★★★★★
    あらすじ

    金属の殻に封じ込められ、神経シナプスを宇宙船の維持と管理に従事する各種の機械装置に撃がれたヘルヴァは、優秀なサイボーグ宇宙船だった。〈中央諸世界〉に所属する彼女は銀河を翔け巡り、苛烈な任務をこなしていく。が、嘆き、喜び、愛し、歌う、彼女はやっぱり女の子なのだ……!サイボーグ宇宙船の活躍を描く傑作オムニバス長編。

    目録より

 シェル・ピープルが活躍するスペースオペラシリーズの第一作目。シェル・ピープルとは、重度の肉体的障害のためそのままでは延命の難しい乳幼児が、生命維持機能付きのチタニウムのシェルに脳を入れ宇宙船などをボディーとして生きる一種のサイボーグ。本書はマキャフリー本人のみで書かれているが、これ以降はこの同じ設定で他の作者と組んでシリーズを書いている。


 なにもわざわざ宇宙船などといった移動しづらい形態のボディーを持たなくてもと思うのだが、彼らは訓練を受けてやがてブレイン・シップとして一人立ちし、同様に訓練を積んだブローンと呼ばれる偵察員とペアを組んで活躍する。彼らは自分達が障害を持っているとは考えず、むしろ普通の人間達を「へろシェル」と呼び、限られた機能と短い人生を哀れむ。趣味を持ち、シェル・ピープルであることに誇りを持ち、仕事をこなす。ブローンとのパートナーシップがこのシリーズのテーマとなっている。


 ヘルヴァは良き相棒に恵まれ、仕事でもめざましい活躍をとげて評判になった。また歌が好きだったことから「歌う船」としても名を馳せた。しかし愛するブローンのジェナンを事故で亡くし、彼を救えなかったことを気に病み悲嘆にくれる。放浪船となることを心配されたヘルヴァだったが、仕事を通じて次第に立ち直っていく。似た様な境遇の女性達に出会い、彼女らの傷みを理解することで自分自身の問題も解決していった。


 また、音楽が重要な鍵となっている事件も多く、ディラニストという音楽を主張の武器とする人々がいたり、小網座レティクルの俗謡といったものが出て来たり、異星人の中でシェークスピアを演じることになったりする。

  “眠らせておくれ、休ませておくれ、死なせておくれ!”


 ヘルヴァのテノールは軽蔑をこめて朗々と響き、キラの死の願望を痛烈に非難した。(中略)そのあと彼女の声は、たいそう力強く、いらだたしげに、強引に、抗議をとどろかせた。


  “眠らせておくれ、休ませておくれ、死なせておくれ!”


 その楽句は嘲弄そのものとなって広場にこだました(中略)キラはいまだに強い死の願望に捕らえられているのだろうか。ヘルヴァの抗議のディランは、そのあざけりによってキラの自殺的恍惚状態を打ち破っただろうか?本文より


 歌詞に逆らって自殺を強烈に批判したもので、生への讃歌が歌い上げられている。馬の首星雲に朗々と響くヘルヴァの歌声を聞いてみたいものだ。


 この話は一種の、女性のサクセスストーリー(シンデレラストーリーでは無く)で、努力と実力で仕事において成功を収め、信頼するパートナーを獲得する話で、恋愛小説のような趣がある。作者は女性で、内容的にも女性が好きそうで元気になれる、SFを読まない人にもお勧めしたい本である。また、男性が読んでも十分面白いと思う。

「あたしがあなたにブローンになってほしいのは、あなたが頭がよくて、陰険で、卑劣で、無節操で、図々しいからよ。どのボタンを押せばあたしを思いどおりに動かせるか知っているからよ。あなたは見かけも背丈もたいしたことはないけれど、あたしだって人のことは言えた義理じゃないわ。あたしは信じているの。―あなたの力を借りればどんな試練も切り抜けられるって…ベータ・コルヴィの試練でさえ」


「信じるだと?」腹わたをしぼるような、悲鳴にも似た声だった。彼は身体を小刻みにふるわせて、笑いを抑えようとした。「ばかめ。麻薬のせいで頭がいかれちまったらしい。きみは成長不良の、縮れ毛の、ロマンチックな、けつの青いガキだ。ぼくを信用するのか?ぼくがきみのことをなにからなにまで調べ尽くしたのを、知らないのか?ぼくはきみの外見を知るために、染色体外挿図を作らせることさえした。それに、七日たらず前にきみのパネルに刻み込まれたばかりの解錠言葉リリース・ワードも知っている!ぼくを信じるのか?きみにとってぼくは一番信用できない人間だ。ぼくをブローンに選ぶだと?こいつは傑作だぜ!」本文より


 なんとロマンチック(?)な愛の告白か(笑)。一歩間違うとストーカーである。