『天空の遺産』

あらすじ

敵星セタガンダ帝国の皇太后が急逝し、マイルズがバラヤー代表として派遣された。だが行く先々でトラブルを引きあてる彼のこと、今回も…。遺伝子管理によってセタガンダを支配してきた皇太后は、帝国のゆきづまりを察知し、密かに大きな賭けに出ていたという。そしてその死に乗じて銀河を揺るがす陰謀が。後宮に残された美女たちのため、彼は厳命を破って単独行動に出るが?

 ヴォルコシガン・サガシリーズで、マイルズが22歳の時の話。マイルズの祖父の時代にバラヤーを侵略しようとした宿敵セタガンダ。当時のことは「軍隊による実地踏査」と呼ばれ、マイルズの時代には表面上は外交も復活している。そのセタガンダの皇太后が急逝した。バラヤー皇帝と縁続きのマイルズとイワンは、2週間続く葬送の儀に参列するためセタガンダを訪れる。


 セタガンダのドッキング・ポートでマイルズは怪しい人物と揉み合いになり、美しい紋章のついた用途不明の棒状の物を取り上げる。陰謀めいたものを感じたマイルズはそれを届け出ず、何らかの動きが起こるのを待っていた。式典の衣装リハーサルの真っ最中に起きたのは皇太后の宦官の派手な自殺で、それが例のドッキング・ポートでの人物だった。


 前後してマイルズとイワンの周辺で二人の命を狙われる事件が相次ぐ。事情が次第にわかって来るに連れ、マイルズは自分が微妙な立場に置かれたことに気がつく。セタガンダの権力の構造を揺るがす事件にすでに巻き込まれていて、バラヤーが罪をかぶせられようとしているのだった。


 セタガンダは複雑な権力の構図を持っている。頂点にはホートと呼ばれる遺伝子改造された貴族階級がある。ホート貴族の遺伝子は星の養育院と呼ばれる遺伝子バンクにあり、ホートの女性の長老により管理されている。婚姻は家系同士の契約により成り立っていて、子供は星の養育院での遺伝子の掛け合わせによってのみ生まれてくる。皇帝の子供は男性が継ぐこととなっていて、ホート卿達は娘を皇太子と結婚させることにより権力を得ようとする。またセタガンダには8つの惑星があり、総督として任命されたホート卿によりそれぞれ統治されている。


 ホート貴族の下にはゲムと呼ばれる貴族階級があり、武力を統制している。ゲム卿達の武力はホート卿達の芸術に捧げられている。今までセタガンダはシリーズ中によく登場していたものの、ゲムばかりだったしその文化に触れられることは少なかった。セタガンダのこの二重の権力構造は、実はビジョルドが日本の平安朝をモデルとして書き上げたものだそうだ。登場するホート貴族達は何枚もの長衣を重ね着し、歌を詠み、香を調合するなど、当時の日本の貴族と似ている。ホート・レディは人前には出ず、外からは見えない球状のバブルに包まれた反重力フロートチェアに乗っていて、人前に生身をさらすことはめったにない。調度品や宮廷料理や装飾も、優美で繊細で手がこんでいる。


 一連の事件は首謀者がなかなか特定できない上、葬儀が終わる前には解決せねばならない。身に降りかかる危険を回避しながら、マイルズははたして事件を解決できるのか。


 ビジョルドの描く社会は、バラヤーといいセタガンダといい非常に男性優位な社会である。しかしその社会の裏で実際にていよく操っているのは実は女性達である。社会が男性優位であればあるほどしたたかな女性像がうかびあがってくる。


 セタガンダの後宮に住まうホート・レディ達は、一見権力を持たない結婚の道具のように見える。しかし実際には遺伝子改造のプロの科学者で、遺伝子の性質を方向付けて改造することにより社会構造をも牛耳っている。彼女らは誇り高く美しい。まだ若いマイルズはその美しさに目がくらみ、恋に落ち、

「人が深く救いようがない恋に落ちたときには、相手はそれに気づくぐらいの礼儀はあってしかるべきなのに…」本文より

と嘆く。


 故皇太后は遺伝子操作において一つの信念を持っていた。「単一栽培は退屈でひ弱だ」とマイルズが語るその信念は、ダン・シモンズ作の「ハイペリオンシリーズ」のテーマとも共通している。それは、多様性の礼賛である。私もその考え方に共感する。