『天冥の標10 青葉よ、豊かなれ』(Part1〜Part3)

ついに完結篇となるシリーズ第10弾は、青葉で始まり青葉で終わる。80歳となった千茅は、生涯友達だった青葉の手紙を孫に見せる。

「立ち止まるな。押し潰されるな。生きられる場所を見つけて生きていけ。あんたたちが消えていい理由は何もない」
『天冥の標10 青葉よ、豊かなれ』(Part1) P61より

千茅はどんな《救世群ラクティス》の前にもきっとまた彼女が現れると宣言する。そしてそれが実現するのがこのシリーズだ。

Part1では、消信戦争シグナレス・ウォー後の地球の状況と「2惑星天体P連合軍A」艦隊が送り込まれてきた経緯が明らかになる。

Part2では、ミヒルの討伐隊が結成され、ドロテア戦艦の内部へと攻め込む。また、集結した宇宙諸族「橋なき岸の住人ブリッジレス」を説得するために、ユレインやラゴスら交渉団は、宇宙に浮かぶ巨大なリング「冠絡根環カンカラコンカン」へと向かう。

Part3では、MMS艦隊がカルミアンの母星カンムへ降下し、ここに逃れミスン族を取り込んだミスチフを阻止すべく、激しい戦闘を繰り広げる。イサリもまた、《救世群ラクティス》がここまで来た目的を果たそうと、カドムとともに降下する。二つの赤色巨星は、「橋なき岸の住人ブリッジレス」やセレスも否応なく巻き込み、いよいよ超新星爆発を引き起こそうとしている。

ラストでは、青葉が再度登場する。2019年の東京で、自分のやっていることが意味のあることなのか悩みながらも、青葉は千茅に励ましの手紙を送り続けている。

『天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ』(Part1)

あらすじ

女王ミヒルを駆逐したメニー・メニー・シープは、ついに《救世群ラクティス》との和平を成し遂げる。太陽系から合流した二惑星天体連合軍(2PA)とともにカルミアンの母星に到達したセレスだったが、そこには超銀河団諸族の巨大艦隊が待ち受けていた。果たして彼らの狙いとは? カドム、イサリ、アクリラらは、メニー・メニー・シープの未来を求めて苦闘するが――今世紀最大最高のSFシリーズ万感の完結篇、ついに刊行開始

カバーより

金色の龍のような異星人エンルエンラの群勢は、勇み足でセレスに攻撃を仕掛けてきた。2PA艦隊はうまくおびき寄せ、強大な兵器「蝗群砲ローカスター」で迎え撃ってみせた。

闘鶏場コックピットでこの戦闘の行方を確認していたエランカとエファーミアに、コルホーネンは自分たちの物語を語った。

ノイジーラントのバラトゥン・コルホーネンは、強襲砲艦に一人乗り込み、自分の作った艦隊AIベッチーとともに、消信戦争シグナレス・ウォー後の各地の様子を回って見ていた。パラスで回復者スポイルトブレイド・ヴァンディと出会い、彼の部下のルッツ・ヨーゼンハイムを連絡係として、しばらくヒエロンのために協力する。

コルホーネンはあちこち見て回り、挙動のおかしいロイズのAIの代わりにベッチーのコピーを提供していたが、どの共同体も非染者ジャームレス回復者スポイルトとで争い、どちらかがどちらかを駆逐していて、ヒエロンのように両者が協力できているところはなかった。

しばらくして、セレスが消えたとわかった。セレスに息子がいたブレイドは、《救世群ラクティス》がこれを双子座へ向けて移動させたと突き止めた。しかし追うには遅すぎた。

かつて冷凍睡眠装置を発明したコルホーネンは、多くの時間を眠って過ごしていた。ブレイドに託されたヒエロンの避難船団を21年率いたが、ブレイドと再会し、800名にまで減った生存者を2530年に地球へ降ろす。地球には他には誰もいなかった。

コルホーネンはベッチーの始めた事業が気になり宇宙に一人残っていた。ベッチーは小惑星を原料に大規模な艦隊を作っていた。2570年、500億隻を超える2PA艦隊の準備が終わり、コルホーネンはロボットのルッツに起こされた。冷凍睡眠中の生存者499名を地球に残したまま、生き残った他の人間に会えるかもしれないと期待し、コルホーネンは230年かけてセレスにたどり着いた。

繁殖を終えたリリーは、高次元投射回帰通信「梢上通信ホーリン・ホツル」の受信機を作り、母星カンムの総女王オンネキッツが交信しているやりとりを傍受した。それにより、カンムを取り巻く状況がわかり、リリーたちは危機感を抱く。

オンネキッツはかねてからの危機「昏睡の沼」を防ぐために、母恒星クンブコを巨星化し、近くに移動させたもう一つの赤色巨星と合一させて、超新星爆発を引き起こそうとしていた。これを思いとどまらせようと、周辺から68種の宇宙種族が莫大な艦隊を率いこの宙域に集結していた。

セレスを守るためにオンネキッツを止めなければと考えたリリーは、自分たちが他のミスン族と違ってしまったことを自覚した。リリーたちはすでにMMSの一員だった。「昏睡の沼」を食い止める方法をリリーは模索する。

救世群ラクティス》の旧女帝ミヒルの行方を危惧していたゴフリに感銘を受け、ダダーのノルルスカインは皆に呼びかけた。セレス中心部のドロテア戦艦に隠れているミヒルの討伐を提案する。このままではミヒルがドロテアごとセレスから脱出し、電力が失われかねなかった。アクリラがハニカムでの会議を招集する。

イサリはノルルスカインに妹ミヒルを取り戻す方法を尋ねた。彼の身の上話を聞いたイサリは、彼自身もオムニフロラに大切な人を奪われたと指摘し、自分たちの大事なものを取り戻すと意気込んだ。

ハニカムで開かれたMMS新政府と《救世群ラクティス》政府の会議で、カルミアンや2PA艦隊の位置付けが確認された。会議の内容をエランカが声明として発表する。

石工メイスンと呼ばれていた異星人カルミアンは人間と対等の主権を持つことや、2PA艦隊には人間は一人しかいず、後にした太陽系でもほとんど滅びてしまったことを報告した。そしてセレスをカンムの周回軌道に落ち着かせるという目標を掲げた。だが、カンムは現在宇宙種族と戦争中であるため、まず和解が必要だった。また、ミヒルの掃討も急務だった。

カドムとイサリとアクリラは改めて三人で会い、火を囲んで食事する。久々の穏やかな時間に思いがこみあげて泣き出すイサリ。そこにリリーが現れて、ミスチフへの対抗策を提案し始めた。

ようやく明らかにされた地球の状況は、人類滅亡の直前にまで迫る危ういものだった。ブレイドが生き残っていたことは喜ばしいが、数少ない人々がいつまでも殺し合いを続けている状況は、なんともやりきれない。自分たちの宇宙船以外に人類はもういないかもしれないと、恐れながらさすらう状況は重すぎる。

『天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ』(Part2)

あらすじ

全宇宙を覆いつつあるオムニフロラを食い止めるべく、カルミアンの総女王オンネキッツは、人工的な超新星爆発を起こそうとしていた。それに対抗する超銀河団諸族の巨大艦隊の真っ只中へと到達したセレスだったが、その内部ではMMS、《救世群ラクティス》、2PAの連合軍が、状況を打開する鍵となるドロテアへの侵攻を開始していた。それは、姉であるイサリの指揮の下、太陽系を滅ぼした仇敵ミヒルを討ち取ることを意味していた。

カバーより

海の一統アンチヨークス》のウーラと組んで任務をこなしてきたカメラマンのフェリックス・キムは、冥王斑に感染し治療を受けていた。2PA艦隊から来た微細機械ベッチーナは、フェリックスに血液と精子の提供を依頼した。ミスチフは冥王斑ウイルスを他の異星人にもばらまいた可能性があり、治療薬が交渉に使えそうだった。異星人たちに興味を持ったフェリックスは、実際に見たいと申し出る。

MMSでは、ドロテア戦艦のミヒルを討伐するクワガタムシスタッグビートル作戦の準備が着々と進められていた。二方向から挟み撃ちにする作戦で、アクリラはそれとは別に、破れ手袋ラギッドグローブ号での侵攻を準備していた。

カドムはリリーから提案されたミスチフへの対抗策をラゴスに伝えた。ミスチフはこれまで、淘汰されず、繁殖もせず、一個体のみで6千万年の間、ひたすら拡大して生き続けてきた。他の生き物と異なり、全く進化しなかった古いままの生き物だということが、ミスチフの弱点だった。

リリーはオンネキッツの超新星爆発の代替案として、『魅力的な蔓オムニフロラ・チャーミング』計画を提案した。地球人類は、冥王斑ウイルスを無効化する遺伝子をすでに獲得していた。リリーの計画にはこれが不可欠だった。ラゴスはその作戦は反・『混爾マージ』だと苦笑する。

ついにクワガタムシスタッグビートル作戦が開始された。南極側からは、噴射の止まった巨大ジェットの噴射口を爆破して《救世群ラクティス》軍と2PA艦隊陸戦隊が、MMS地下側からは、エレベーターの縦坑や隠蔽嚢を抜けてMMS軍が、セレス中心部の空洞に根を張り固定されたドロテア戦艦を目指す。怪生物たちが襲ってくる。

二つの軍団の侵攻に合わせ、破れ手袋ラギッドグローブ号に乗り込んだアクリラ率いる戦士たちが、以前アクリラが滑落した底無し穴を通って侵攻する。カドムやイサリたちもこれに乗り込んでいた。トラブルを切り抜け、ドロテア戦艦が支持根で支えられている巨大な空洞へ辿り着き、内部へ侵入する。

一方、セレスからユレインを代表とする交渉団が、宇宙に浮かぶ巨大なリングへ向かっていた。カルミアンのエチカや2PAのベッチーナの翻訳で草稿がまとめられ、宇宙感染症の治療に協力でき、ミスチフへの対抗策が必要だと持ちかける。

巨大な樹木のような異星種族カン類を統べる茜華根禍アカネカは、交渉団の提案した『魅力的な蔓オムニフロラ・チャーミング』に興味を示し、彼らの乗るシェパード号を冠絡根環カンカラコンカンに引き入れた。彼女は冥王斑耐性が遺伝することを証明するよう要求する。ベッチーナとラゴスは、フェリックスとウーラ、ユレインとカランドラに、彼らを連れてきた理由を明かす。しかしラゴスの要望は四人には受け入れがたかった。

セレスの中心では、熾烈な戦闘が繰り広げられていた。ドロテアは分泌腺グランドを作って自切しようとしていた。各部隊はドロテア内部で合流し、分泌腺グランドを目指す。イサリはついにミヒルを見つけだした。

イサリとミヒルとの姉妹愛あふれるやりとりは、涙なしには読めない。イサリはミヒルがこれまで一人で背負ってきた重いものを、一緒に背負ってやった。また、これまでに登場した個性的な登場人物たちが何人も犠牲となり、アクリラもぶっ倒れる。かなり辛い巻である。

多くの犠牲のうえに当初の目的は達成され、ドロテアの電力源は確保された。しかしドロテアの芯の部分が離脱して、カンムへと向かってしまった。

また、ついにオンネキッツは二つの太陽を爆発させ始めた。

『天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ』(Par3)

あらすじ

メニー・メニー・シープという人類の箱舟を舞台にした、《救世群》たちとアウレーリア一統の末裔、そして機械じかけの子息たちの物語は、ここに大団円を迎える。羊と猿と百掬ひゃっきくの銀河の彼方より伝わる因縁、人類史上最悪の宿怨を乗り越え、かろうじて新世界ハーブCより再興した地で、絶望的なジャイアント・アークの下、ヒトであるヒトとないヒトとともに私達は願う、青葉よ、豊かなれと。天冥の標10巻・17冊、ついに完結

カバーより

ドロテアが切り離した芯の部分はカンムへ向かい、ミスン族の一人が取り込まれた。

セレスからの交渉団は分裂していた。ラゴスがフェリックスたちに求めたことは受け入れられず、またカン類は個体の生命には無頓着だったため、人間四人とカルミアンたちはシェパード号から逃げ出していた。彼らはカンカラコンカン内部を異星人のナーキドやスミハシたちに助けられて逃げ回る。

フェリックスたちのことは伏せたまま、ラゴスはエランカに人間の生殖細胞を送るよう連絡してきた。しかし、議会でも人々の理解は得られず紛糾していた。だが、逃げていたフェリックスたちは考えを変えて連絡して来た。フェリックスが議会を説得し、流れが変わって承認された。

ラゴス茜華根禍アカネカ王女を口説き落とそうとしていた。しかし、カンムで異常事態が観測されて、つれなくあしらわれる。オンネキッツが大重質量特異点をカンムで開設していた。

オンネキッツに超新星化を思いとどまらせようと、茜華根禍アカネカラゴスの提案を伝える。だが、ラゴスはオンネキッツを説得できず、論破されてしまった。

アクリラはカンムに向かうMMS艦隊の情報空間から総司令官として名乗りを上げ、救助要請があれば受け入れると橋なき岸の住人ブリッジレスみんなに語りかけた。アクリラはノルルスカインから新たな役割を受け継ぎ、指導を受けていた。

連絡してきた異星人に、超新星爆発を凌ぐための「迎え火作戦」と、ラゴスがオンネキッツに提示した作戦をアップデートした「みにくいアヒルの子作戦」について説明する。アクリラの読みどおり、オンネキッツが阻止するために連絡してきた。

アクリラの計画は、フェリックスたちを助けたガジ族に擁護され、詳細を検討したカン類や、他の宇宙諸族からも参加表明があった。安全を期し、周辺で一番大きいセレスで、希望する諸族の幼体を受け入れる。「迎え火作戦」の準備も、カン類やガジ族らの艦隊とも連携し進められた。

しばらく静かになっていたオンネキッツは、カンムで戦闘中だった。ミスチフに乗っ取られたミスン族にカンム地表の超新星化制御施設が占拠されていた。超新星爆発を止めるためには制御施設を取り戻し、二つの巨星を引き離す必要があった。アクリラがMMS艦隊に出撃を指示する。

カンム上空で強襲上陸の準備が進められる。MMS艦隊に混じり、イサリとカドムもカンムへ降下しようとしていた。イサリはオンネキッツに《救世群ラクティス》みんなのセルマップを頼もうとしていた。

また、「みにくいアヒルの子作戦」に使用される生殖細胞も用意され、カン類に引き渡された。「控えめに魅力的な種オムニフロラ・チャーミング・モデラー」の生成が進められる。

降下艦隊は大気圏へ突入していったが、カンムでは防空部隊までもミスチフに乗っ取られていた。ノルルスカインが渾身の作戦でうって出る。オシアンが大量の倫理兵器エチック・ウェポンを操り、2PA艦隊陸戦部隊や《救世群ラクティス》、これまで戦ってきた登場人物たちが熾烈な戦闘を繰り広げ進攻した。また、汚れを恐れないリリーが根性を発揮してみせた。

しかし、超新星爆発はすでに止められなくなっていた。カドムとイサリは茜華根禍アカネカと協力するようオンネキッツを説得し、自分たちの外の世界も豊かであってほしいと訴える。他の者たちは引き揚げ、「迎え火作戦」に全力を注ぐ。ついに超新星爆発が始まった。

時代は飛んで、3135年。《正統派地球人オーソドックス》、《救世軍ラクティス》、《酸素いらずアンチ・オックス》、カルミアンが助け合い、樹木型(おそらくカン類)の巨大な宇宙船で地球から他の星へと旅立とうとする、希望に満ちた未来の様子が描かれている。太陽系の様相も相当変化し、犠牲もはかりしれないほど大きかったが、エランカの掲げた「豊かな国と未来」が見事に実現している。

『天冥の標9 ヒトであるヒトとないヒトと』(Part1・Part2)

Mメニー・Mメニー・Sシープを立て直すために、皆で力を合わせるシリーズ第9弾のPart1では、ラゴスが記憶を取り戻し、《救世群ラクティス》がセレスで何をしているのかが明らかになる。カドムたちは地表への旅を終え、復活を遂げたアクリラも戻ってくる。

Part2では、イサリがハニカムで、カドムやアクリラがMMSで、停戦へ向けて準備を進める。《救世群ラクティス》が始めた戦争は、300年かけてようやく停戦へとこぎつけた。しかし、外部にはヒトではないヒトたちが待ち構えていた。

『天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと』(Part1)

あらすじ

カドム、イサリらは、ラゴスの記憶を取り戻すべく、セレスの地表に横たわるというシェパード号をめざしていた。それは。メニー・メニー・シープ世界成立の歴史をたどる旅でもあった。しかし、かつてのセレス・シティの廃墟に到達した彼らを、倫理兵器たる人型機械の群れが襲う。いっぽう、新民主政府大統領のエランカは、スキットルら《恋人たちラバーズ》の協力も得て、《救世群ラクティス》への反転攻勢に転ずるが――シリーズ第9巻前篇

カバーより

ヒルに連れ去られたゲルトールトは、ハニカムで懲罰房に入れられていたが、施設の改修などで役立ってみせ、やがて監視のスダカの信頼を得た。どうやらドックと呼ばれる区画が軍事上の重要施設のようだった。足が不自由な老婦人の助けを得て、ゲルトはドックに侵入した。広大な施設を破壊しようと小型戦闘機を激突させる。しかし、捕獲されてミヒルの元に連れて行かれた。だが、《救世群ラクティス》はMMSと戦っているのではなく、他の何者かと宇宙空間で戦っていた。

カドムたちを助けた2人組アッシュとルッツは、太陽系から来た艦隊の偵察部隊のロボットだった。大規模な艦隊がセレスの状況を確認するために迫ってきていた。2人はカドムたちの旅に護衛役として同行する。

カドム一行はアイネイアの残した座標を得てシェパード号を見つけ出した。記憶を整理して古い記憶を取り戻したラゴスは、普通の人間だった《救世群ラクティス》が、硬殻化して戦争を仕掛け、元の身体に戻れなくなってしまった経緯を説明し始めた。彼らを人間の姿に戻すための設計図セルマップは、双子座ミュー星のカルミアンの母星へ送られていた。

ラゴスの説明途中、《救世群ラクティス》の戦闘機を奪って逃げ出したアクリラから救助要請が入った。一行はアクリラが生きていたことを喜び、救助する。アクリラは逃げる際、火を噴く火山を見ていた。このことからもラゴスは、《救世群ラクティス》がセレスを宇宙船に仕立て、双子座ミュー星のカルミアンの母星へ向かったと推測した。

自力でミスン族としての自我を見出し女王となったリリーは、母星へ通信で呼びかけていたが、イスミスン族の総女王オンネキッツから連絡を受けた。母星への帰還許可を求めたが、リリーたちはまだ当初の目標を達成できていないとして帰還を拒まれ、栄え増えるよう指示された。

リリーは新しい方針として繁殖を掲げた。彼女たちは増えることで高度な知性を保つことができた。子供はハニカム側で生まれて送り込まれていたため、繁殖可能な個体がハニカム側にいるはずだった。雄を得るためにハニカムへ行く必要があった。

この方針変更をクルミがエランカに伝えた。エランカは、カンミアはどんな国を目指すのか尋ねた。人間の求める豊かな国と未来には、カンミアや《恋人たちラバーズ》をも含むことができた。カンミアが目指す豊かな国と未来は、どんなものなのか。その問いをクルミ尊いものと考えた。

カドム一行はMMSに戻ることになった。MMSから迎えに来る航空警邏艦との合流地点へ向かう途中、イサリは一行と別れて《救世群ラクティス》の元へ戻って行った。地球から来る大規模な艦隊に攻撃されないよう、イサリは同胞を説得しようと考えていた。同行したがるカドムにイサリは、MMSで受け入れ先を作ってほしいと頼む。

ルッツたちが送った報告に紛れて、セレスのダダーは2惑星天体P連合軍A艦隊に接触した。艦隊にはパラスから来たダダーが潜んでいた。ふたつのダダーは300年ぶりに副意識流どうしで情報を交換した。地球では人類が滅亡しかけていた。しかし、セレスのダダーはMMSの人々がこの状況を打開できると信じていた。

これでようやくこの惑星の外側の状況が明らかになった。セレスは移動しているようだとは思っていたが、当初は地球から遠く離れた植民地が舞台だと思っていたので、その場所から地球へ向けて移動しているのかと思っていた。実際には逆で、太陽系から双子座ミュー星へと向かっていた。人間の身体を取り戻すためとはいえ、冷凍睡眠で300年もかけてそんなはるか遠くまで向かってしまうとは、《救世群ラクティス》の行動力恐るべしだ。

『天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと』(Part2)

あらすじ

セレス地表で世界の真実を知ったカドムら一行は、再会したアクリラとともにメニー・メニー・シープへの帰還を果たした。そこでは新政府大統領のエランカが、《救世群ラクティス》との死闘を繰り広げつつ議会を解散、新たな統治の道を探ろうとしていた。いっぽうカドムらと別れ、《救世群ラクティス》のハニカムで宥和の道を探るイサリにも意外な出会いが――。あまりに儚い方舟のなか、数多のヒトたちの運命が交錯する、シリーズ第9巻完結篇

カバーより

MMSに帰還したカドムは旅の成果をエランカたち新政府に報告した。カンミアやルッツからの情報も総合すると、双子座ミュー星に近づいたセレスはすでに減速態勢に入り、向かう先で《救世群ラクティス》はもう宇宙戦争を始めていた。エランカとカドムは、飛び入り参加したダダーからの知識も加えて話し合い、今後の方針を決定した。

新政府軍によって首都奪還作戦が実施され、咀嚼者フェロシアンが撤退を始めた。弾薬工場を奪還し、フォートピークを攻め上る。熾烈な戦いの末、臨時総督の居室までは確保したが、電源室へ続く竪穴は手強い敵が守っていた。

一方イサリは、逃げた《酸素いらずアンチ・オックス》の捜索に来たアシュムに捕らえられ、ハニカムへ連れて行かれた。軟禁されていたが1人のカルミアンに助けられ、ハニカム内に広がるベンガル・フィッグの森へ匿われた。サバイブドと名乗るそのカルミアンは雄だった。彼によると、ドロテアのミスチフが300年前から《救世群ラクティス》に取り入り支配していた。彼はイサリにカルミアンの新しい女王を探す手助けを頼む。イサリは代わりに自分の仕事を手伝ってもらう。

やがて、イサリは皇帝とは異なる意見を持つ人々の信頼を得た。太陽系から艦隊が接近していることを警告する。

ラゴスは《恋人たちラバーズ》の本質について考えていた。本来《恋人たちラバーズ》は人間に従うことで幸福を感じるように作られていた。しかし、その立場を変えることはできないか、彼らはずっと模索していた。ラゴスが思いついたのは、従うためのヒトを《恋人たちラバーズ》が規定できないかという裏技だった。

MMSで真実を広めて回っていたカドムは、地方都市で冥王斑患者の治療に協力していた。治療の合間に、立てこもっていたはぐれ咀嚼者フェロシアンの説得を試みる。ダダーの声を聞くことのできる羊飼いの子供のゴフリが、ダダーを通じて通訳し、治療薬のことを伝えた。保菌者でなくなるこの治療薬は、その咀嚼者フェロシアンにとっても衝撃だった。他のはぐれ咀嚼者フェロシアンを説得するよう頼む。

フォートピークの竪穴では、MMSの兵士が、電源室を守る非常に手強い敵スダカに苦戦していた。新政府はそこに、カドムやクルミ、投降した咀嚼者フェロシアンなどで構成された交渉団を送り込んだ。カドムが《連絡医師団リエゾン・ドクター》として交渉を始めると、クルミたちがハニカム側のカルミアンを見つけて絡み始めた。スダカは人質を取られて電源室の死守を命じられていたため説得には応じなかったが、カルミアンたちによって事態は一瞬で大きく変わっていた。

MMSに戻って以来、アクリラたち《海の一統アンチヨークス》は北極で着々と準備を進めていた。ルッツたちの協力も取り付けて、イサリから連絡があればすぐに動けるよう手はずを整えていた。事態の急変を受けて、アクリラ率いるMMS宇宙軍カバラは、カルミアンとタイミングを合わせ、ルッツたちのSRボートで一気に南極のハニカムへ攻め込んだ。イサリはまだ準備が整っていなかったが、自分がすべきことに集中する。

MMS宇宙軍の攻撃と内部からの告発により、イサリは《救世群ラクティス》の議長代行に就任した。アシュムたちは逃げ出した。逃走経路に待ち受けていたイサリは攻撃したが、二人に逃げられてしまった。《救世群ラクティス》はイサリの名のもとに停戦し、電源室も明け渡す。MMSには4ヶ月ぶりに人工的な日の出が訪れた。

セレス北極に用意された拠点「闘鶏場コックピット」で、MMS新政府のエランカ・キドゥルー、《救世群ラクティス》の副議長エファーミア・シュタンドーレ、2惑星天体P連合軍A艦隊副司令官のバラトゥン・コルホーネンの三者で協議が行われた。MMSと《救世群ラクティス》は手を結び、セレス内外の敵からの保護を2PA艦隊に要請した。セレス内部の敵はドロテアのミスチフハニカムから逃走したアシュムたち、外部の敵はまだ正体不明の宇宙勢力だった。

折しも、何者かが2PA艦隊の先遣隊を挨拶代わりに撃破してみせた。ラストはカルミアンの惑星近辺に集結した大勢の宇宙種族がセレスや2PA艦隊を待ち構えているというものものしいシーンで終了する。

ようやく人間同士の戦いを終わらせることに成功したカドムたち。しかし、まだたくさんの異星人が行く先には待ち構えているし、地球の様子もはっきりとはわからない。最大の敵であるミスチフをどう撃退するのかも未だ策はなく、前途はまだまだ多難である。

『天冥の標8 ジャイアント・アーク』(Part1・Part2)

シリーズ第8弾のPart1は、シリーズ第1弾をイサリの側から見た物語。ようやく最初の物語に繋がった。両方合わせて読むと事情がよくわかる。

また、文字通り暗闇に閉ざされて終わったシリーズ第1弾に、希望の光が差し始める。イサリはMメニー・Mメニー・Sシープへ使命を果たすためにやってきていた。しかし、人々は真実をまるで知らず、彼女は何をどう伝えれば良いのかわからなかった。

Part2では、MMSの真の姿を知った人々が、新しい世界をどうするべきか模索する様子が描かれている。地上の様子を確かめに行くカドムたち一行の冒険と、新政府を樹立したエランカたちがMMSを復興していく様子と、復活を遂げたアクリラの物語が交錯する。

『天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク』(Part1)

あらすじ

「起きて、イサリ。奴らは撃ってきた。静かにさせましょう」――いつとも、どことも知れぬ閉鎖空間でイサリは意識を取り戻した。ようやく対面を果たしたミヒルは敵との戦いが最終段階を迎えていることを告げ、イサリに侮蔑の視線を向けるばかりだった。絶望に打ちひしがれるイサリに、監視者のひとりがささやきかける――「人間の生き残りが、まだいるかもしれないのです」。壮大なる因果がめぐるシリーズ第8巻前篇。

カバーより

セレス南極に降着していたハニカムで、イサリはアイネイアを逃した罰として長期間眠らされていたが、皇帝により起こされた。硬殻化クラストライゼーションした《救世群ラクティス》はオガシのように猛獣化するため、他にも多くの人々が眠らされていた。ハニカムはあまりにも変わっていた。

セレスには非染者ジャームレスが潜んでいる兆候があり、イサリは使者として行く決意を固める。しかし、計画は副議長のアシュムに発覚して追われ、そのまま警告に向かった。

途中、凄まじい光とドロテア戦艦を見た。案内役によると、セレスの中心核に竪坑を掘ってドロテアを入れ、惑星に重力を加えていた。彼の犠牲によって逃げ延びたイサリは、エレベーターでダダーに話しかけられて協定を結び、Mメニー・Mメニー・Sシープへたどり着いた。

そこではあまりにも平和な日常生活が営まれていて、驚くイサリ。しばらく隠れていたが見つけられて追われ、咀嚼者フェロシアン化してしまった。イサリを捕まえたのはアイネイア・セアキによく似たカドム・セアキだった。

現在は2803年で、イサリが眠らされて300年も経っていた。人々は《救世群ラクティス》のことを忘れていた。また、ここがセレスの地下だと知らず、植民地だと信じていた。おまけに内部では臨時総督との間で抗争が起きていた。

イサリは事情を正しく知っていると思われた臨時総督に投降し、彼らが石工メイスンと呼び手先として使っているカルミアンを味方につけた。彼女たちの偽装でイサリは地下道で自由に動けるようになった。

イサリはカルミアンから言葉を習い始め、記憶も共有できることがわかり、急速にMMSの裏事情を把握し始めた。MMSはドロテアから電力を供給し、ダダーがそのことをMMS側にもドロテア側にも隠していた。また、臨時総督ユレイン三世は植民地側でただ一人事情を知り、先導工兵イオニアを使って咀嚼者フェロシアンと戦っていた。攻撃は激化していて、防衛するために電力をかき集める必要があった。

こうしたことをいっさい知らないMMSの人々の間では、臨時総督を倒そうとする動きが大きなうねりとなっていた。また、人々はドロテア戦艦をシェパード号だと勘違いしていて、臨時総督から奪おうとしていた。イサリだけは、それでは問題は解決しないとわかっていたが、止められなかった。

カドムとアクリラたちはフォートピークへ出発し、やがてMMSの全土が闇に包まれた。革命後に起きる事態にイサリは備えようとしたが、カルミアンの様子がおかしかった。

ついに咀嚼者フェロシアンが大勢現れ、カドムがミヒルに傷つけられた。また、《恋人たちラバーズ》のゲルトールトも連れ去られた。ミヒルとの因縁を思い出したラゴスに促され、イサリはようやく自分の知っていることを話せるようになった。

大統領に就任したエランカの一行が来たときには、首都オリゲネスは陥落し、彼女の恋人のラゴスはすでに出発していた。

冬眠状態の石工メイスンを温めて、エランカは尋問した。クルミと名乗るその石工メイスンは明らかにこれまでとは異なって知的になり、巧みにしゃべれるようになっていた。彼女たちは《休息者カルミア》からカンミアとなっていた。エランカはカンミアと合意に達し同盟を結んだ。重要な同盟だった。

ラストで竪坑に落下した後の痛々しいアクリラが登場している。

思えばずっと眠らされていたイサリは、起きている時間のみで考えるとまだ17歳くらいでしかない。せっかく忠告に来たのに、たいした働きができなくても不思議はない。

『天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク』(Part2)

あらすじ

西暦2803年、メニー・メニー・シープから光は失われ、邪悪なる《咀嚼者フェロシアン》の侵入により平和は潰えた。絶望のうちに傷ついたカドムは、イサリ、ラゴスらとともに遥かな地へと旅立つ。いっぽう新民主政府大統領となったエランカは、メニー・メニー・シープ再興に向けた過酷な道へと踏み出していく。そして瀕死の重傷を追ったアクリラは、予想もせぬカヨとの再会を果たすが――ふたたび物語が動き始めるシリーズ第8巻後篇

カバーより

アクリラは食事をしながら話を聞いていた。しかし、その内容はとんでもないものだった。アクリラは何度も耐え難い目に合わされていた。

カドムは一命をとりとめた。フォートピークから脱出した人々は、ここがセレスの地下空間に作られた都市だとイサリから聞かされ、実際に見て確かめるために地表へ行くことにした。

カドム、ラゴス、イサリのほか、《海の一統アンチヨークス》のオシアンや、裏の事情を知っている元臨時総督のユレイン三世など、総勢7名がカドムをリーダーとして出発した。実際には植民地の天蓋を支える支柱だった蒸散塔の内部へ入り、地表を目指す。

カドムは道中、対立するメンバーをまとめ上げ、話をし、イサリからも身の上話を聞く。ラゴスは本物のシェパード号を見つけて昔の記憶を取り戻そうとしていた。咀嚼者フェロシアンも元は人間であり、ラゴスは和解したがっていた。

一方、エランカはクルミが伝えたこの世界の真の姿を発表した。MMSは準惑星セレスをくりぬいた地下空間にあり、臨時総督府はそれを隠して地下から来る咀嚼者フェロシアンを防衛していたが力尽き、大閉日ビッグ・クロージングが起きていた。

政府を立て直し当面の食料や電気を回復させたが、咀嚼者フェロシアンの撃退と地下電源の奪取が必要だった。また、咀嚼者フェロシアンはオリゲネス以外の都市へも現れ始めていた。救出部隊が結成される。

街を取り戻したものの、咀嚼者フェロシアンのウイルスのために多くの人々が冥王斑にかかっていた。救護所ではセアキ家に伝わっていた薬で治療が行われていた。この薬は冥王斑を完治させた上、保菌者にもならずウイルスを消すことができた。しかし、残り少ない薬が盗まれた。ユレインの側女だったカランドラは、隠し持っていた薬の製造法を差し出した。以前カドムがユレインに献上させられたものだった。

カランドラとのやりとりで、《恋人たちラバーズ》のスキットルは、咀嚼者フェロシアンも人間だったことを思い出した。これを伝えられたエランカは、彼らとも共働を目指すという理想を掲げた。

地表を目指すカドムたち一行は、襲ってくる自動修復機械や倫理兵器エチック・ウェポンを交わしながら旅を続けた。蒸散塔から天井裏を抜け、中央管制エリアでこの巨大な箱舟ジャイアント・アークの全貌を確認する。エアロックを抜けて、さらにその上を目指す。

たどり着いた地表の宇宙港で数日探したが、シェパード号は見つからなかった。帰途についた一行は、イサリが見つけたリンゴの木から手がかりを得た。アイネイアの家が面していたコニストン湖がリンゴの先に広がっていた。

しかし倫理兵器エチック・ウェポンに襲われた。すると、かつてカドムに訃報を伝えた二人組が現れた。カドムが助けを求めると二人は流動兵器と化して戦い始めた。彼らはロボットでセレスの人間を守るよう命じられていた。

一方、アクリラは危機を脱し、上へ向かって走り出した。途中、年代物の同胞の服とコイルガンを見つけて身につける。真の敵はオムニフロラだった。彼が出たところは真空で、宇宙には2つの恒星が巨大な放電ジャイアント・アークを放っていた。

まだ本調子ではないが、ようやくアクリラが復活した。最初から個性際立つ元気が良いキャラだっただけに、彼が活躍しないと勢いがつかない。だが、彼が遭わされた仕打ちは相当ひどい。このシリーズは、実はかなりエログロ満載なのだが、エロはシリーズ第4弾で不動だろうが、グロはここが一番ひどいかもしれない。

それにしても、300年経っても狭量な倫理観を押し付けてくる倫理兵器エチック・ウェポンが怖すぎる。