『天冥の標4 機械じかけの子息たち』

続いて、《恋人たちラバーズ》のラゴスが誕生する物語。年代は2313年頃。《恋人たちラバーズ》は生体アンドロイドで、人間に性愛で奉仕するために作り出された。ゲストたちの好みに応えるためにコスプレしているせいもあって、やたらとアニメチック。また、いくつか制限がかかっているせいか、彼らの発想は妙にズレている。

『天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち』

あらすじ

「わたくしたち市民は、次代の社会をになうべき同胞が、社会の一員として敬愛され、かつ、良い環境のなかで心身ともに健やかに成長することをねがうものです。麗しかれかし。潔かるべし」――純潔チェイス遵法ロウフルが唱和する。「人を守りなさい、人に従いなさい、人から生きる許しを得なさい。そして性愛の奉仕をもって人に喜ばれなさい」――かつて大師父は仰せられた。そして少年が目覚めたとき、すべては始まる。シリーズ第4巻

カバーより

軌道娼界オービタル・プロランドハニカム》を運営する《恋人たちラバーズ》は、彼らの中の聖少女警察バージン・ポリスと呼ばれる一派が暴走を始めたために対抗手段を模索していた。当初《酸素いらずアンチ・オックス》に頼んでみたが返事はなく、次に目をつけたのがアウレーリア家の後見を受けている救世群ラクティスだった。

しかし手違いが起こり、救世群ラクティスの少年キリアンを拉致するはめに。自分たちのお願い事を聞いてもらうには、まずは性愛で奉仕して満足してもらわなければという考えに縛られていた《恋人たちラバーズ》は、キリアンを満足させようと様々なシチュエーションで奉仕する。

また、ハニカムにはゲストの満足感を高めるために、各区画を移動する時に記憶を封じるHSKゲートが設置されていた。おかげでキリアンは記憶を奪われ、自分が誰かもわからないまま、彼専用に作られたアウローラとゲルトルッドの姉妹に奉仕される。しかし満足できず、また記憶を奪われ新たなシチュエーションに放り込まれるといったことを延々と繰り返されていた。この状況に苦痛を感じるキリアン。

さらにキリアンは聖少女警察バージン・ポリスに攫われて痛めつけられた。彼女たちはサディスティックな責めでゲストを満足させるプレイスタイルの一派だった。また、警察本部長のシナン・シーは《恋人たちラバーズ》身体の手入れをする工房の場所を聞き出そうと彼を拷問した。

サーチストリームと名乗る聖少女警察バージン・ポリスの一人の協力で助け出され、ようやくキリアンはアウローラたちから事情を説明された。彼は救世群ラクティスの議長グレア・アイザワの伴侶であるルシアーノの弟の、キリアン・クルメーロ・ロブレスだった。

救世群ラクティス居留地エウレカに戻れない理由があったキリアンは、ハニカムでアウローラたちに協力する。《恋人たちラバーズ》を結束させるために、キリアンとアウローラは《恋人たちラバーズ》を作った大師父の提唱する理想的なセックス混爾マージを実践しようとチャレンジし始めた。

一方、ハニカム聖少女警察バージン・ポリスよりももっと危険な外部の敵、倫理兵器エチック・ウェポンから攻撃を受けていた。凄まじい破壊力を持つ乙女や老爺の姿をしたこれらのロボットは、淫らな機械と施設を破壊し、正しい男女関係を推奨していた。また、安全性に大きな問題があり、誤って死傷者を大量に出していた。《恋人たちラバーズ》はサーチストリームの協力を得て撹乱するも、ついに致命的な損傷を受けるものまで出てしまった。そんな中、キリアンは自分自身についての重大な事実を知る。

恋人たちラバーズ》は人間に奉仕するよう規定されていながらも、自主性や自治性を規定の範囲内でどう実現するか模索している。ただ、感覚や問題の解決方法が人間とはズレている上に、《恋人たちラバーズ》独自の目的で行動することもあるため、人間にとっては彼らが危険なときもある。ノームという、本来は人間でなければ片付けられないことを秘密裏に片付ける者が内部にいて、それなりのダメージは受けるものの、まずいことでも処理できてしまう。

また、《恋人たちラバーズ》は性愛を生殖や愛情から切り離し、快楽部分のみを追求するよう規定されているため、滑稽でもある。シリーズ第10弾では異星人相手に混爾マージのなんたるかを実践までしてみせる。そのくせ、その道の専門家でありながら人間が赤ん坊をどうやって授かるのかを、ラゴス以外は知らないという偏り具合だ。

混爾マージを求める試みもこれでは苦行のようだし、混爾マージが何なのかよくわからない。基本的に感覚でしかないので、これが混爾マージだったと言っちゃったもの勝ちのような気もする。

結果的にラゴス不宥順フュージョンを経て《恋人たちラバーズ》を率いる魅力的な代表者として生まれ変わった。また、キリアンの思いも反映され、《恋人たちラバーズ》はこのあと救世群ラクティスに接近し、彼らを主として奉仕する。このことが後に救世群ラクティスの暴走に拍車をかけることになる。

一方で倫理兵器エチック・ウェポンを作ったMHD社や資金を提供した親会社のロイズ保険社団は、このころから次第に危険な集団になりつつある。

ところで、《恋人たちラバーズ》を作った大師父はシリーズ第3弾にも登場した人物だ。そして、キリアンの相手のアウローラとゲルトルッドは、その冒頭で海賊に襲われてアダムスに助けられた姉妹の名前である。この姉妹はシリーズ第1弾でも、オーロラとゲルトールトと微妙に名前を変えて登場していた。

二人の姉妹は葛藤し嫉妬する。これと同じような姉妹の構図は、この後でも別の姉妹で繰り返されている。姉妹でありながら、手を汚さざるを得なかった者とたまたま汚さずに済んだ者。愛を得られなかった者と愛を得られた者。こちらも姉妹同士で凄まじい葛藤や嫉妬が繰り返されている。けれどもシリーズ第10弾で描かれていたラストの姉妹愛は感動的だった。

『天冥の標3 アウレーリア一統』

シリーズ第3弾は、舞台は宇宙へと飛び出してスペースオペラ風に描かれている。おそらく宇宙軍カバラの物語だ。

宇宙海賊エルゴゾーンとそれを取り締まる《酸素いらずアンチ・オックス》との間で熾烈な戦いが繰り広げられる。これに木星で見つかった謎の遺跡ドロテア・ワットの争奪戦が加わり、檜沢千茅あいざわちかやの子孫らしきグレア・アイザワが、素人ならではの危なっかしさで立ち回る。

また、シリーズ第1弾に登場したアクリラそっくりのアダムス・アウレーリアと、カドムそっくりの食えない中年男瀬秋樹野セアキ・ジュノが登場し、ジュノのAIフェオドールがロボットの身体を手に入れて活躍する。

『天冥の標Ⅲ アウレーリア一統』

あらすじ

西暦2310年、小惑星帯を中心に太陽系内に広がった人類のなかでも、ノイジーラント大主教国は肉体改造により真空に適応した《酸素いらず》の国だった。海賊狩りの任にあたる強襲砲艦エスレルの艦長サー・アダムス・アウレーリアは、小惑星エウレカに暮らす救世群の人々と出会う。伝説の動力炉ドロテアに繋がる報告書を奪われたという彼らの依頼で、アダムスらは海賊の行方を追うことになるが……。シリーズ第3巻。

カバーより

2249年、木星の大気中に浮かぶ巨大な遺跡ドロテア・ワットの調査が行われていた。8500年前のもので、明らかに人類以外の何者かによって建造されたこの遺跡は、内部は黒い蔓に覆われ、強力なエネルギーを隠し持っていた。調査隊を指揮していたドロテア・カルマハラップ少将は裏切って、ドロテア・ワットを奪ってどこかへ隠してしまった。

時は流れ、2310年。ノイジーラント大主教国のサー・アダムス・アウレーリア艦長は、強襲砲艦エスレルで、海賊エルゴゾーンが襲った《救世群ラクティス》が住む小惑星エウレカへ向かった。海賊はドロテア報告書レポートを奪っていた。そこには核融合炉数十基分に匹敵する動力炉ドロテア・ワットのありかが書かれているはずだった。

ノイジーラントの人々は、国の成り立ちも含めて独特だ。肉体を改造していて、体内に多量の電気をためることができる。体内電気で二酸化炭素を分解するため、酸素呼吸を必要としない。そのため《酸素いらずアンチ・オックス》と呼ばれていた。2222年に結ばれた第三次拡張ジュネーブ協定クアッド・ツーに基づき、彼らは主に傭兵として生計を立てていた。

彼らは身体能力を活かして艦内を酸素のない状態にして戦い、身体にためた電気を使ってコイルガンという電磁誘導砲をぶっ放す。アダムスは見た目は16歳で、中性的で美しく、正装のキルトスカートを翻し、レースにタイツという出で立ちで戦う姿は海賊も見惚れるほどだった。また、エスレルにはシリーズ第1弾でも登場したロボットメイドのカヨも乗り込んでいた。

準惑星セレスで聞き込みをしていたアダムスに、瀬秋樹野セアキ・ジュノが話しかけてきた。何者かに襲われかけたアダムスを助ける。《医師団リエゾン・ドクター》として調査を担当しているジュノは、《救世群ラクティス》のことを心配していた。ジュノはエスレルに乗り込みアダムスたちに同行する。

海賊エルゴゾーンの首領イシスをあぶり出すために、ノイジーラントはこれまで各国が主張してきた軌道専守権を踏み越えて、海賊を片っ端から拿捕し始めた。そのためそれらの国からの苦情も増えた。そんな中、ジュノへの褒賞としてジュノのAIフェオドールが操れる石造りのボディが完成し、エスレルへ届いた。

だがおまけが付いてきた。《救世群ラクティス》の議長グレア・アイザワが、許可を取ってコンテナに入り無理やり乗り込んできた。グレアはイシスに報いを受けさせたがっていた。

イシスとノイジーラントとの戦いは次第に熾烈になってゆく。ノイジーラントの小惑星セナーセーも大きな被害を受けた。悲嘆に暮れるアダムスを見限って、グレアは出ていった。さらに彼女は貨物船に“デイモスの蛇口スピゴット”と呼ばれる大砲を積み込み、木星へと向かう。

グレアとイシスはドロテア・ワットに入り込み、争奪戦を繰り広げる。それをアダムスやジュノが追う。グレアは宇宙服姿の何かを“ドロテア”だと紹介し、それに命じて“デイモスの蛇口スピゴット”を撃って見せた。

グレアの希望とは裏腹に、《救世群ラクティス》はクアッド・ツーに違反したとされ、こうした違反に裁定を下す組織であるロイズ非分極保険社団がドロテア・ワットを監視下に置いた。また、《救世群ラクティス》は暴走した罰として自治共同体の資格が剥奪され、ノイジーラントの保護観察下に置かれてしまった。それでもこれは手加減された結果だった。

フェオドールのストリームを失った被展開体のダダーは、改造羊の体内に埋め込まれた機械に潜り込んでミスチフから隠れた。

今回は宇宙での戦闘の様子が面白い。強襲砲艦エスレルでの接舷の仕方や、アダムスたちの華麗な戦闘が読み応えがある。また、イシスはアダムスにおまえも海賊だと籠絡しようとした。海賊であることと海賊的であることとの違いが考察されていて興味深い。

とはいえ、海賊との戦闘は命がけであり、多くの人々が亡くなった。アダムスも大切な人を亡くす。また、アダムスが後に恒星間有人探検船に付ける名前も、この時に犠牲になった部下の名前である。

『天冥の標2 救世群』

シリーズ第1弾は、時代があまりに未来へと飛びすぎていて実感が持てなかったが、物語は一転して現代へと戻り、写実的な筆致で描かれる。ちなみに本作が刊行されたのは2010年なので、当時は直近の未来として描かれていた。致死率の高い感染症と戦う、医師と、患者と、患者に寄り添う友達の物語だ。

『天冥の標Ⅱ 救世群』

あらすじ

西暦201X年、謎の疫病発生との報に、国立感染症研究所の児玉圭伍と矢来華奈子は、ミクロネシアの島国パラオへと向かう。そこで二人が目にしたのは、肌が赤く爛れ、目の周りに黒斑をもつリゾート客たちの無残な姿だった。圭伍らの懸命な治療にもかかわらず次々に息絶えていく感染者たち。感染源も不明なまま、事態は世界的なパンデミックへと拡大、人類の運命を大きく変えていく――すべての発端を描くシリーズ第2巻

カバーより

2015年、パラオの小島で未知の感染症によるアウトブレイクが発生した。知らせを受け、医師の児玉圭伍と感染経路の解明・ブロックが専門の矢来華奈子は島へ向かう。この状況を伝えたのは、島にいた製薬会社役員の孫フェオドール・フィルマン少年だった。

後に冥王斑と名付けられたこの病気は、激しい熱が出てリンパ節が腫れ、眼の周りがうっ血して斑紋ができた。致死率が95%と異様に高く、多くの人が亡くなった。また、患者はフェロモンに似た芳香物質を分泌し、新たな犠牲者を引き寄せていた。感染者は島だけにとどまらず他の地域へも広まり、世界的なアウトブレイクを見せはじめた。

圭伍が島で助けた日本の高校生、檜沢千茅あいざわちかやは生き延びた。しかし冥王斑は回復しても皮膚の落屑などから他の人へ感染してしまうため、厳重な隔離が必要だった。千茅はそれまで人気者のグループに属していたが、友人たちの足は次第に遠のく。そんな時に見舞いに来始めたのが、以前ケンカをした紀ノ川青葉だった。青葉はマイナーな友人が多かったが、千茅がようやく一人の人間に見えるようになったと言って、友達であり続けた。

冥王斑の感染源は、猿に似た六本脚のクトコトという奇妙な生物だった。宇宙から来た生き物だという説も出ていた。一方、紀元前2000年頃、まだ謎に包まれた被展開体なるものは羊の先祖に展開して繁殖していた。やがてオーストラリアで偽薬売りダダーと名乗っていたが、遺伝子解析されてデータとなり、機を捉えてフェオドール少年の作った疑似人格に入り込んだ。

千茅たちは血液製剤のために血液の提供を求められた。彼女たちは冥王斑患者の回復施設で暮らしていた。千茅はやがて冥王斑患者連絡会議プルートスポット・プラクティス・リエゾンを立ち上げて全国の患者を結ぶネットワークを築く。

千茅の主治医となっていた圭伍は、冥王斑と戦う医師の一人として有名になっていた。冥王斑は全世界で何度かアウトブレイクを起こしていたが、東京でも起こり、多くの患者が死亡していた。対応にあたった圭吾は、付き合いのあった女性が患者となり、恨んで死ぬのを目の当たりにして憔悴する。世間の患者への風当たりはどんどん強くなっていった。千茅もつらい思いをし続ける。

世界的に増え続ける冥王斑の回復者はココ島へ収容されることになった。圭伍は千茅のために奔走するも、逆の結果となり、千茅も日本を追われた。ココ島で千茅は回復者たちにはっぱをかける。彼女らは評議会を組んで元首を立て現地の政府のようになり、救世群と名乗り始めていた。

こうした回復者たちとの連絡役として、日本特定患者群連絡医師団が作られ、圭伍たちはリエゾン・ドクターとして活動していた。ラストは疑似人格をコピーし続けて欲しいというフェオドールからのお願いと、華奈子への悲しい知らせで終わっていた。

おそらくこの後、華奈子と圭伍は結婚し、二人の子孫がカドムとなるのだろう。シリーズ第1弾のラストで紹介されていた二つの勢力《医師団リエゾン・ドクター》と《救世群ラクティス》が誕生する物語だ。

患者の隔離はハンセン病の強制隔離を想起させる。これなども本当にひどい政策だったが、本作でもひどい差別により千茅はつらい思いをする。患者たちはどんどん住処を追いやられ、こうしたことが何百年にもわたる恨みつらみとして鬱積してゆく。

また、医師たちにとっても、気をつけていても安全ではなく、ほんの偶然やうっかりしたミスで大勢があっけなく亡くなってしまう、つらいシリーズだった。